黒く堕ちる

黒い夢を抱きしめている
あなたはいつもそう
纏わりついてる不幸を連れて
そこから答えを見つけだすのね

黒い猫を抱きしめている
あなたはいつもそう
懐いてばかりの白猫捨てて
愛するばかりに疲れてゆくのね

黒いキャンパス描いてみている
水彩絵の具に油絵に
粘土に造形彫刻に
あなたはいつもそう
言葉の織りなす技を見つけて
芸術ばかりの美を生きてゆく

黒いあなたを思い出してる
幻は暖かな日差し
そこにはあなたの影が見えるの
あなたはいつもそう
決して姿にならない動きで
月夜に私を降らせて堕とすの
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# by ren_with_parfait | 2017-05-30 02:13 | | Comments(0)

平凡になった

かくして私は平凡になった
いや、平凡というのは
飼うにはとても難解な生物だから
平凡を呼んだと言ってもいいだろう

かくして私は平凡を知った
いま、変人でないのは
飼うにはとても難解な自分自身を
平凡に近づけるための営みだろう

かくして愛憎を捨て
未練を去った
去ったと言っても去ってはくれない
去らぬと言っても去ってはいくのだ

愛憎は捨てども蘇る
なぜなら雪解け、梅に桜に新緑に
紫陽花の頃を通りぬけ
ぼうぼう燃えゆる太陽が
蜃気楼など起こした頃には
川なり山なりどこにあれども
花火がバンバン打ち上がり
浴衣姿を見かけた時には
誰ぞの浴衣が天使かなどと
それはあの子の他にない
思ってしまうは嘘でもないから

かくして私は平凡になった
いや、平凡というのは
飼うにはとても難解な生物だから
いっそ平凡を呼んだふりをして
奇人、変人を貫いたなら
誰かひとりの秀才になれようか

あゝ頬染めあげる季節のしぶきに
幻すらもが終ぞたくらむ夜が来たりては
平凡装う幸せを知るも
ただ心の在り処は暑きなり
鳴く蝉が咲うとしばし黙れよ本能の虫よ
何が善いのか正しいか
それを忘れて鳴らす羽音に宿れりは
人の音にて何をば求めんただ聴けり
求むるところはさして変わらぬ死人と我らよ
季節の大火の前ではもはや
両者に区別はありはせぬ
ただ求めよと生涯を、ただ極めよと道なき道を
祭りの黙するところがあれば
終える節知る凡庸なれど
節を忘れて踊り狂うも
異のようでも実は変わらぬ同じであるのだ
だから咲えよ咲える限り
その美しさに見惚れた姿が
貴女の心にいついつまでも炎を告げて
終わり訪れずに降らせるのだから
涙は必ずやってくる、だから咲えよ咲える限り
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# by ren_with_parfait | 2017-05-29 01:50 | | Comments(0)

大学の勉強、順調とはいえないですが、
ボチボチやっています。

ゼプリオンという持続性注射薬を
150mg→100mg→中断→75mg→50mg
と段階的に減らしてきているのですが、

本当に僕が思うのは、
「統合失調症はよくなるけど、完治はしない」
ということ、
「お薬との付き合い方こそ、統合失調症の人が幸せになる近道」
だということです。

なんというか、
「病気とうまく付き合えるように、病気と闘わないことです」
という言葉が、ずっとなじめなかった僕なのですが、
本当にその通りだなと思うし、教科書に書いてある「お薬が大事」というのも、
今の先生との良好な信頼関係を経た後では、本当のことだと思います。

統合失調症になって、急性期の激しい妄想・幻覚を体験して、
次第によくなってきた僕なのですが、

今、大学の勉強とかゆっくりこなせるようになって、
暴力や暴言もまずなくなって、落ち着いた時に思うことは、
症状の重さとか、環境とか、色んな理由で人それぞれだとは思うんですが、

「健常者と全く同じ人生は生きられない」ということです。

働いている人はいますし、健常者同様に社会生活を営んでいる人もいるらしいですが、
その実態を僕は知らないですし、
どう考えても自分の経験上「完治したというのは聴いたことがない、見たことがない」んです。

ただ、言えるのは
「統合失調症はよくなります」
ということ、
現代の医療はかなり進んで
「統合失調症はよくなります」
と言えるくらいに進歩しているということです。

殆どの人にとっては、お薬と、それを処方する先生と信頼関係、
自分自身で行うリハビリ、趣味や人との関わりを通じて見つけた心の気づきなどが、
それにあたると思います。

「当事者としての感覚を持ちながら生きる」ということだと思うんです。

「完治はない、健常者と同じにはなれない、だけどよりよく生きられる」
ということを受け入れることだと思うんです。

部分を切り取ってみれば健常者と同じ水準のことが出来ても、
やっぱり難病なので、どこか全く同じにはいかないことがある。
だって、健常者の人は体験しない、とても特殊な脳の状態は残るわけですから。

この考えを一番自分の中で強く持たせているのは、
「統合失調症という病名は適当につけられた病名じゃない」という確信です。

色んな人に色んな妄想・幻覚、症状の程度や、更には根性や能力の違いがありますけど、
統合失調症の人同士でよく話し合ってみると、話しが通じるんですよね。
「何か同じような方向に向かって、脳に異常が出ていて、それぞれ別の訴えをしている」
という感じがしてくるんです。

そして「統合失調症の人はやさしい」
これ、嘘だと思っていましたけど、
病気と一体になればなるほど、この病気の人は「やさしい」です。
「素直」というか「純粋」というか、「人を貶めたり傷つけたりすること」をしたがる人が少ないです。

なぜだか病気がそういう性格にさせていくみたいなんです。
主治医から聞いた話しなのですが「統合失調症の人こそ、人間の最も純粋な心の持ち主だ」という、
極端な意見をするお医者さんが昔から居るそうです。

そうは思わないんですけど、
「病気と一緒に生きている」人にしかないものが、この疾患の人にはあって、
それが「やさしさ」とか「素直さ」とか「単純さ」みたいなところに現れている。

だから、言葉にはとてもしにくいけれど、
同じになろうとしないで、よりよくなることを考えればいいと思うんです。

リハビリの意思決定をするのは、統合失調症の当事者本人ですけど、
「一番いけないのは、健常者と比べて自分を惨めに思ったりすること」だと思います。

同じになれないのは仕方ないし、
能力の水準が落ちるのは仕方ないです。
強いお薬も飲んでいるんですから、脳の機能にだって影響はありますから。

けど、「私はこの病気との付き合い方が分かってきました」というときの感覚って、
劣等感でもないし、絶望でもなくて、もっとホッとした感じなんですよね。

「病気があっても、何とかやっていけるんだ。今の医療が進歩していてよかった」
というような感想が出るようなものです。

受け入れることが大事、それには時間がとてもかかるけど、
殆どの人にとっては、そこまでの道のりでお薬をきちんとした信頼の中で選ぶことが、
近道になると思っています。

だって、最新の医学が薬物療法で、それは根本治療になるというのに、
「薬は飲みたくない」といっていたら、何を頼ればいいというんだろう、
というか、「せっかくお薬で回復するように医学が進歩してきたのに、どうしてそれを信頼しないの」
ということになると思うんです。

とにかく「統合失調症はよくなるけど完治はしない」
今、私もよくなっている最中で、そんな自分を少し受け入れているという話しでした。

さて!パフェの散歩~♪


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お兄ちゃんのバカぁ、こんなところで撮ってどうするの~♪






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残念、お花屋さん閉まってたね~~







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もう意味のわからないところで撮るのやめようよ~う!






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緑がとっても気持ちいいの!







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今日はこっちの道に行くんだって~






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降りちゃお降りちゃお♪





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お兄ちゃんも来て~~






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やっぱりここは最高♪






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暖かいな~、のんびりするのもいいな~






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へっへっへっへ♪







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くんくん、この色んなにおいがするの!






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ちょっと休憩。お兄ちゃん撮りたいみたいだから






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何のお花かな~?





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ぬこ様が睨んでるの





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何のお花かな~?





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今日の散歩はもう終わり?





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うーん、もうちょっと散歩したかたっけど






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楽しかった気もするの。お兄ちゃんのカメラには呆れちゃうけど!







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まぁいっか~、帰ろうかな~~?




パフェの散歩はこれで終了。

帰って勉強の精を出すお兄ちゃんと、
満足してうとうと眠るパフェなのでした。

明日もいい日になりますように。

祈りを込めて。

ぐみぐみ。

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# by ren_with_parfait | 2017-05-24 23:41 | 日記 | Comments(3)

夢のいろ

起きていながら夢をみる
夢をみながら生きている
既視感、予言、離脱感

夢の中で見るのも本当
起きていながらするのも本当
相関、実現、浮遊感

暗い寝室イメージしてみる
過去に起こったこと蘇る
それは過去にして今にあり
今にありながらに過去である
過去は現在進行形、夢は起床後完成される

何かをしながら
暗いじめじめした曇り空を想う
その時恋人がいたことを
共に時間を漂って
視つめて描いた寂しい空を
思い出しては焼きつけて
疲れ果てては眠りについて
夢から覚めると新たな命が始まって
脈を打ちながら拍を打つ
拍をとりながらに脈をとる

薄暗いのが昼であれ
また夜てあれ夏であれ冬であれ
晴れであれども雨であれ
そういう時間はやってくる
既視感、予言、離脱感

薄暗いのが昼をすぎ
また夜の前の夏にあり夕であり
晴れではいても甘暗く
そういう時間に起こること
相関、実現、浮遊感

愛犬が目の前で話してる
口を開いて母国の言葉を日本語を
それをまざまざ眺めてる
既視感、予言、離脱感

目の前で話す愛犬と
目を視て人の言葉を日本語を
交わしながらに確かめる
相関、実現、浮遊感

ゆらゆらゆれる陽炎が
立ち込めたなら幻は
そこに居るから確かめる
既視感、予言、離脱感
完成された夢のいろ
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# by ren_with_parfait | 2017-05-23 19:01 | | Comments(0)

ヒマワリ畑でさようなら

私の歩いた足跡に
彼女を立ち止まらせるのをやめよう
その足跡はひとりぶん
幼子だった私が辿り
今の私に辿りつくまで
いつかは老いゆくこの道のりで
私が命を閉じてく時まで
花弁の枯れた花を見つめて
語りかける様なこの語りべに
彼女を立ち止まらせるのをやめよう

もう枯れた花に笑いかけ
何愛しそにささやいてるのか
亡霊すらをも失くした心
幻すらをも忘れた心
心亡くしてみつけた所
所忘れて泣いてた頃の私なら
もはやここにはいないというのに

何悲しそに繰り返してるのか
焼き切れた花火の薬莢は
雨に濡れたら打ち上げられぬ

涙を欲し
トキメキを欲し
欲のままにて恋をなぞって
そこに私がいたことなどない
そこに彼女がいたことなどない

何を願えば
私ひとりの足跡に
彼女を立ち止まらせるのだろう
ここからひとりで歩いていこうと
彼女を引き連れ歩いていこうと
何が違うというのだろうか

恋の花火は散ったのだ
散って散っては散りばめられて
泣く理由すらをも失って
いつの間にか空には太陽
陰りの中でうつむいてたのは
遠い日の空素晴らしいトキメキ

どこにいるとも何をしてるともしれない彼女に
記憶から彼女を変形させては
歪な玩具にしているような
今の私は愚かしすぎて付き合いきれない

ぁあ、それ以上に何を言おうか
ぁあ、この晴れた空この幸せな日々
これは誰がくれたというのか

もう私の足跡には
彼女を立ち止まらせる印をつけない
あまりに不憫だ散々だ
なぜこんな不毛に付き合わせなければならない

今胸に握りしめた薬莢を
濡らさぬように最後を告げるよ
時間が私にも来たんだと
走馬灯のように巡る彼女の匂いが映像が
コントラストを激しくしている

これは僕らの物語
最後のページになるのだろう
そっと微笑む夢とおとぎの毎日は
その魂は彼女に触れて離れたことで
自分自身を見つけたよ

ひとつの足跡もはやここには
彼女を立ち止まらせることはしない
ヒマワリのようにさんさんと
ただ真っ直ぐにて誇るのみ
そんな二人であったのだから

また逢える日までお元気で
私のつまらぬ恋文に
付き合ってくれてありがとう

枯れる頃はじまる温度には
届け届けのかけ声響いた
あゝ刹那、そこに居てくれたのならばなどと

悲しい述懐に染まることなく
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# by ren_with_parfait | 2017-05-22 16:32 | | Comments(0)