今、腐ってしまいそうな自分と戦っている。

腐ってしまいそうな自分とは……

仕事もせず……趣味も捗らず……
始めた勉強も頓挫し……心の純粋さも失うこと……

「病気は8割治りました」
という言葉には主治医もカウンセラーさんも同意している。

確かに病気はよくなった。
後は元々の心の弱さだと思っている。

今日、思い立って就労支援に電話をした。
介護一本で求職すると決めていたけど、
やっぱり10年の仕事のブランクを考えると、
作業所発進が妥当かもしれない。

そもそもこんなに、気が気じゃないのは、
恋愛をしてしまったからだ、
6年間、未練に縋り、生きてきた私の、心を蹴破って入ってきて、
散々思わせぶりな会話をしたのに、突如いなくなり、
また突如帰ってきて、些細な一言でまた突如いなくなった。

山口県の子……。

無理なのは分かっている。
俺にはそんな遠距離をやりこなす経済力はない。
仕事に就くのにも時間がかかる。
大学を出るのにも時間がかかる。

今、恋なんて出来る状態じゃないし、
それは、終わってしまったようなもの。

けれど急に新しい風が吹くようになって、
生活のバランスが変わって、
そのために頑張ろうと思っていた自分が、

今では何もかもが虚しい……。

勉強することも詩を書くことも体のいい現実逃避に思えて、
でも自分にはそれ以外何もなくって。

ごく一部の限られた才能のある人になりたかった……。

成功の中で苦悩したかった……。

どんなに頑張っても手に入らない幸せを知りながら、
それよりもっと身の丈に合ったことのために汗を流す。

それしか、出来ることはないと分かっているけど。

人生は残酷だ……こんなに歳をとってしまった……。
もう一度、あの子に会ったらなんて言われるだろう。
31歳になったあの子は、こんな俺のことを何て言うのだろう。

顔も、声も、忘れてしまった。

アイデンティティは達成したと思っていたけど、
まだそれすら途中みたいだ。

「私はこれだ、これが私だ」という安定感を、
今の自分の中には見つけられない。

見つけられても、それは凄く寂しいもので、
ただひたすら寡黙に身の丈に合うことをするだけの日々で。

私は悔しくて苛立ってるんだと思う。

こんなに女性にコケにされ、ないがしろに扱われたことはない。
私にだって不満は沢山ある。
聴いてもらいたいことだって沢山ある。
なのに……また急にいなくなってしまった。

今度は、いいものじゃなく、くすぶりを私の心に残して。

何を想い頑張ればいいだろう。

創造的な人生だ。

創造的な人生……
価値を産み出す人生……
産みの苦しみと、それに伴う努力で満たされた人生……

それが叶うのなら、それに手を伸ばしたい。

恋愛は、きちんと正職に就くまではもうしない。
繋がれていた昔の彼女との鎖は絶たれてしまって、
今はもう、飼い主を失くした野良犬のようだ。

ただ吠える、ただ吠えるのだけど、
その吠える声が虚しく響くばかりで、
誰も迎えには来てくれない、
誰もこの咆哮を快くは思ってくれていない。

だから、美しく、
ただ、美しく全てを創造していけたら。

今日はもうヤケだ。
買ったCD4枚を聴いて、小説を読んだ後で勉強しよう。

俺にはまだ残されていますか……
生きたい人生を生きる時間が……
原石が……

さらば、さらば、さらば、
なんでこんなにも恋は穢れていくのか。

私はただ愛したいだけ、愛されたいだけ。
そのために頑張ることは……もうしたくない……



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by ren_with_parfait | 2017-11-09 14:46 | 暗い日記 | Comments(0)

不安だ

ここで人生を諦めてしまうんじゃないか、
そんな気がしてならない、

ああ、ワガママを言っているだけなのかもしれないな、

苦しくて、

死ぬ人もいる。

それがどんな苦しみかも知らないで、

私は、ただ、生きているのがあまりにおそろしくて、

こんな日常がもう耐えきれなくて、

そんなことを言っているだけなのだから。

ただ、私に尊厳はありますか、

はじめから、人として壊れている私に、

どこに居場所がありますか。

この世界ではもう、生きられない。

大丈夫、言ってるうちは死なないから……

「逝こう」っていっていけるなら

とっくにそれを選んでる……その方がみんな幸せなんじゃないかって

気はするけど……今は朝までどうやって生き延びるかを考えているから

大丈夫だよ、まだ、本気じゃない

本気の人が、今もいるってこと、それが、心配だよ

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by ren_with_parfait | 2017-04-07 21:44 | 暗い日記 | Comments(2)

暗い日記になります。

私の人間としての機能は衰えました。
今朝、起きて、何時に起きたかを覚えていないまま、
何をしようか、どうしようか、
気持ちが煮え切らないまま、先生に手紙を書き、
やっとの思いで家を立とうとしたとき、
トイレに行きたくなり、服を汚して、急いで着替えて家を出た。

バスが来て、半ば気持ちはソワソワしたまま、バスに乗った。
ブログを書こうと思っていたけど、途中まで書いて、やめた。

「考えてもしょうがない。やるしかないんだ」

どこかに気持ちを吐き出したかった。
多分、書いていたブログは、自分の居た堪れない気持ちを、
吐き出して、自分の気持ちを整理したかったんだろう。

今もそうして書いている。

病院に着くまで、気持ちはグラグラ揺れていた。
街全体から置いてきぼりにされているように感じた。

自分以外の人はみんな、しっかりと人間として機能をしているのに、
何か自分だけが空気に溶け込まないで、空間をきちんと把握出来てないような、
そんな感じがした。

喫煙所でタバコを吸って

「今年の春はこんな感じか、春になると、街の雰囲気が変わるな、覚えたぞ」

と、気持ちを切り替えてホームに向かう。
駅の中で、すれ違いざまに子供が泣き出した。

明らかに私が不気味で泣いていたようにしか思えなかった。
バスの中で私に冷や汗をかかしたガラの悪い男女二人組が気になった。

あれは、何だろう?
バッカーノというアニメに出てきた、アイザックとミリアみたいなものか、
いや違うな、あの二人が幸運を振りまいているとは思えない。

電車が来たから、電車に乗った。
病院に着いた、パニックになってペットボトルを落っことした。

先生に話そうと思っていたことが、頭の中で二転三転して落ち着かなかった、
常にソワソワしていた。

パニックだった。
頻繁にタバコを吸いにいき、頻繁にトイレに行く自分が異常に思えた。
いつもそうなのだけど、これを直せるかどうかと考えたら、気が遠くなった。

研修医の先生、見慣れない患者さん、妙にザワつく病院、
なんだか処刑台にいるような気分だった。

気持ちを一旦落ち着かせて、また急いで考えを整理して、その繰り返し。

「言葉なんてのは発した瞬間から過去になっていくんだよ」

誰に言われたわけでもないそんな言葉が思考を遮った。

そうだよ、けれど、俺はこれから自分のことを振り返ったり、説明しないといけないんだ。
それがさして高度でもないこと、誰にでも出来ることなのはわかってる。
俺にとっては重要なんだ、ソワソワするし、パニックになるんだ。

そんな気持ちだった。

過去のことを振り返りたくない気持ちがあった。
曖昧にして終わらせたい、色んなことを考えるには気力が足りない。

だから「色々考えましたけど、出来ることをするしかない」
そう言おうと思って、当面の不安を回避した。

重症の患者さん、やる気のなさそうにスマホを弄る患者さん、
何やら病院の体制について話し合っている近寄りたくない患者さん、

そして、必ず診察の一番最後に回されている私。

自分はなんなんだろうと思った。
若い研修医がウロウロしてるのが、とても屈辱的だった。
総務の男性が、同じく総務課の部下と話している口ぶりが、とても屈辱的だった。
見学に来ていたのだろうか、病院の裏から出てきた学生の女の子たちがあまりにも若いのが、屈辱的だった。

先生との診察で手紙を渡した。
私は「色々考えましたけど、ここは変わらないと思います」と思って手紙を渡した。

先生の言っていることがよくわからなかった。
理解できなかった。

自分の頭脳が極端に劣っていることを、見せつけられている気分になった。

先生は「人生に後悔していない」という下りが好きだといっていた。
だけど、そう考えるには早すぎるとも言っていた。
色んなことを諦めて、勉強なら勉強で絞って何かに取り組まないといけない期間が、
人にはあると言っていた。
社会的な役割が必要だという話しをしたら、
そういう事はとことんいい加減にしておきたい人がいると言っていた。
35歳の壁を認めた、先生の言いたかったことが未だに分からないけれど、
私は「ここで頑張らないと、もうあなたの望む見込みはないかもしれませんよ」
というニュアンスを先生から汲み取った。
先生は病状はあると言った、今のままでも構わない、プレッシャーをかける気はないと言った。
私は胸につっかえていることを先生に言えなかった……2時間も待っていたのに……。

電車で帰るのは嫌だった。
診察で気持ちが晴れなかった時は、
家までの道のりがとても長く感じておっくうになる。

電車の鐘が鳴るのをきくと、飛び込んでしまいたい気持ちになる。
人がみんな、自分を気持ち悪いと思っているように感じる。
自分だけが周囲に溶け込めない、空気を読まない振る舞いをしているように思える。
叫びたくなる「俺は障がい者なんだ!!!」と叫んで、人生を終えられたらどんなにいいだろうと考える。
そういう自分を抑え込んで、フラフラしながらホームを下りる。

階段を走ってきた男性に気づかないで、ぶつかりそうになる。
何度も、何度も、人にぶつかりそうになる。

電車の中で考えた結論。
「バスが来ていたら、バスに乗ろう、来ていなかったら、歩いて帰ろう」
それに従ってバスに乗ったけど座れるところがない。
立っていると、座っているより余計に気疲れする。もう耐えられない。

整理券を持ったまま、バスを降りて歩き出す。
人が私を見て怪訝な顔をする。
どこに目をつけてるの、と、すれ違う人や車が言っているように思う。

歩いて帰りながら、先生に言われたことを思い出そうとする。
パニックが先に立って思い出せない。
ただ分かるのは、駅から歩いて帰るだけのことが、私をひどく不安にさせ、
苦しめ、自信をなくさせ、パニックにさせ、最終的に自分はもう人間ではない、
人生はもう終わろうとしているんだ、というところまで考えさせてしまう。

前から男二人組が歩いてくれば、ボコボコにされるんじゃないかと怖くなる。
前から女二人組が歩いてくれば、セックスアピールを自分がしているんじゃないかと怖くなる。

信号が読めない。
青信号を渡れば、車にぶつからないのはわかる。
けど、車にぶつからない自信がない。
自転車に何度もぶつかりそうになる、人にも何度もぶつかりそうになる、
信号のないところで車が通ろうとしてると、自分の交通常識がわからなくなる。

我慢できずに歩きタバコをする、とても迷惑そうにされている気がする、
歩きタバコが原因で今にも殺されるんじゃないかという気がする。

もう私は人間ではないかもしれない

というタイトルで日記を書いてみようと思う。
自分の暮らしている部屋が、人間の住んでいるそれであることに驚く、
数日前に書いた日記が、人間のそれであることに驚く。

分かってた、分かってはいたけど、
単にパニックになっているだけだって、
先生の言うように、調子が落ちているだけだって、
分かってはいたけど、
今日の私に、若い時の私の勇ましさはどこにもない。

私を覚えている人がいないと思うと寂しくなる。

あんなに、精一杯、頑張った、
あの日々には帰れないと思うと死にたくなる。

私の時計はそこで止まって、日に日に衰えていく自分、
特に今日みたいに気が触れたような日があって、
先生にも、慣れた調子で、耳の痛いことを言われて、
慣れた調子で、ここで人生を諦めてしまったら、
もう見込みがなくなるというようなことを言われた気がして。

先生は「プレッシャーを与えるつもりはないんだ」と言っていたけど。

ああ、今も、部屋が静まりかえっている内はいい、
救急車が通るのがいやだ。

自分の犯罪を知らせて、今すぐ殺戮部隊を家に送り出すサイレンみたいだ。

残念ながら私は病気だ。
重病だ。

これから乗り切っていける自信がない。
どの口をもって自信があるなんて言えるんだろう。

道路を歩くことも、まともに出来ないのに。

ただ「恋くんは化けるよ」とえらーさんが言ってくれた。
その分厳しいことも言われたけど、
正直厳しいことの方が印象に残って、ネガティブになるきっかけになったけど。

自分は愚かだったと思う。

自分は病識がしっかりあって、どういう病気なのかをよく理解していて、
それに対処する術も知っているような気がしていた。

でも気がついたらいつも終末期医療の扉を開いている。

いや、こんなブログを書いている時点で、まだまだ人間としての機能は、
十分残っているのかもしれない。
でも、いつか私は人間の形をしていられなくなるんじゃないかと思う。
関節と関節の間がドロッと溶け出して、人間用の洋服には服がおさまりきらなくなるんじゃないかと思う。

私はもううんざりだ……。
まだ若いのに、人生の終わりを感じているのなら、
とっとと死んでしまえばいいのかと思う。

よく休み、よく運動して、やることをやろう。
最後の最後まで生きてみよう。

ただ、ブログでネガティブなことを書いたとしても、
その権利までも奪うのはやめてくれ。

私を迷惑なやつ、鬱陶しいやつと思うのは勝手だ、
私だって、あまりにメチャクチャな障がい持ちの人のネットでの発言はイライラする。

私の実に終わっていることは、私自身が障がい者で、
人に迷惑をかけているのに、私を含めた障がい者全員に差別意識があることだ。

どこに行ってしまうのかわからない。
この人生はどこに辿りつくのだろう。
悲惨な死に方をしない方がよっぽど珍しいように思える。

克服……そこまでたどりつける精神力は、到底残っていない。
そして、私のことを考えてまたパフェが悩んでいる。

パフェの悩みの種にならないために、死を選んだ方がいいのではないか。

そんなことを本気で考える。

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by ren_with_parfait | 2017-04-07 21:30 | 暗い日記 | Comments(0)

フラッシュバック

真っ先に誰かに相談して、
解決するべきだったことなのに。

こんな時のための診察に、
行かずに昏睡しながら、
夢と現実が意識の中でゴチャゴチャに。

言葉にして拾い上げることも、
何だか出来そうにない。

救難信号を出すほどまでじゃないけれど、
家から一歩も出る勇気がない。

そんな時に考えなきゃいけないことは、
生存する術なんだろうけど、
そんな根源的なことを気にするのも辛く、

フラッシュバックした20代の頃の夢を、
どう心の中に納めればいいのか、考えて、
頼れそうな友達を思い浮かべて、
その人が言ってくれた親切な助言から、
何とか自分のりんかくをハッキリさせようとする。

今そういうことを考える段階じゃない、
とか、全然違う誰かに友達が向けた助言を自分にあてはめたりする。

自分が誰かも見失う。
そんなもの特にないんだけれど、自分は何をしようとしていて、
何を考えて生きているのか、どこへ向かいたいのか、

何が出来て何が出来ないのか、
書き始めたこの記事を畳んで、家族の助けを待つことは、
出来る気がする。でも、一人で生きていかなきゃいけない。

自分のことは自分で片づけないといけない。

友達に相談したら、どんな反応があるんだろう、
と考える、思っていることを話せるだろうか、
話した上で、友達でいてくれるのだろうか。

これでも精一杯、いいように見せようとしている自分と、
実際に毎日のように現れる、誰にも見せられない自分、
その差が大きくて、その差を縮めるために、こんなことを書いてる。

病気がとてもひどい時の自分なら、
取り乱し家でじっとしていることも出来ないだろう。

だから「ずいぶん回復したと思いますよ」という言葉は、
ある程度、自分が頑張った末に勝ったんだ、という気がして、自信に繋がった。

何もしなかったわけじゃない、
これでも、病との闘いに勝った面はあるんだ、
そういう自信はあったのだけれど……。

今、フラッシュバックした20代の頃の夢が、
あの時より近いのか、あの時よりずっと遠いのか、
胸の中で片づけてしまっていいことなのか、
ひとまず片づけないと何も見えない、どうしたら、と。

灯油の巡回販売に、ふと意識が奪われて、
何かが重症になっているな、何かが間違っているな、と、
考えるけれど、考えが一周回っても、
自己理解が出来た気がしないものだから、すっかり困ってしまう。

パフェが石油の巡回販売と闘う体制に入る。
そこに居留守を使う以上のことが自分に出来るのか。

皆が、立ち向かっている当たり前の日常、
当たり前の毎日、それに立ち向かうことが出来なくて、
責任を半ば放棄して、気が済むようにしてきた毎日、
それでも頑張ってきた……、
「自分に出来ることをしていない……」
っていつも思っていたし、今も思っているけれど……。

ひとりで部屋でじっとして、
時々入る友達からの連絡や、
友達と会ったりすることで、呼吸をして、
それぞれの人に慣れて、それぞれの人と関わって、
お金を使って、気を揉んで、上がったり下がったり、
その繰り返しで、それが無くては生きていけない……。

それで生きてこられた、でも失くすのは簡単だと思う。

心の病に流行り病みたいなのがもしもあるなら、
今それにかかっている、こじらせているという感じがする。

当たり前の自分がどうにも受け入れられない、
受け入れられないからやっていけている。
これが自分だ、と思うしかないことでも、
いや、これから自分はもっと変われるんだ、と思うことで何とか自尊心を保っている。

誰かが自分の生活を覗いたら……一瞬で嫌われる自信がある、
誰かが自分の心を見ることが出来たら……一瞬で嫌われる自信がある。

そんな自分で居たくない、ただそれだけなのかもしれない。

この歪で困りものの自分と死ぬまで付き合うのは、自分自身で。
そんな自分の気持ち暴走するのを、ただ眺めて気を揉むのは、一番は自分自身で。

ここで吐き出せて少し気が楽になった……。

こんなことで人を振り回す自分はイヤだけれど、
家族だから振り回していいとはもう思えないし……、
自分自身が救われるために、誰かの力になろうとするような、
今までの歪んだ考えの延長では、どうすることも出来ないと思う。

だから、いったん、
このフラッシュバックは、大切にとっておいて、よく考えてみよう。

これまでの生き方で得たものから、
少し違う生き方を獲得しようとするのは、
誰もがやっていることだと思うのだけれど……、

これまでの生き方があまりにも頼りないのは、
自分の責任だし、自分に責任をとることでしか、
変わることはできない。

外と関わり合いながら、そうか、
闘病が次の段階に来ているのかもしれないな、
社会に果たして受け入れられるか、

それと全く離れたところでの努力にならないか。

一つ解決したら、そこで手を離してくれないのは、
みんな抱えている人生への悩みだろうから……。

今日に困り果てながらも、明日に繋げていけますように。

ぐみぐみ。

P.S.
衝動的に自殺してしまいそうなパニックに襲われている。
いつ、どこの、どの時点からやり直せばいいのだろう。
誰かに頼られるのがダメなのか、それだけで気が変になるのか、
人の相談を受けたのが、単に慣れない事だったのか、
名前がダブるってだけで、何かかけ間違えをしているのか、
死にそうでぶっ倒れている時に、119番に電話して「死にそうです」
っていうはずを110番に電話して「人を殺しました」と言ってそのまま捕まるかのような、
意味が分からない恐怖に怯えている。
何がいけなかったのかサッパリ分からない、ただ、水曜、ある人の相談に乗った、
そこからどんどん気が狂っていったのは何が原因だか本当に分からない。
全力で20代の頃の夢に逆らうような体調の崩し方。
自分ひとりの感情もコントロール出来ないのに、どうしてそういう人の助けになれよう。
何にも自分が見えていないんじゃないか、残念だけど、
本当にもう生きていく可能性は残されていないんじゃないかと考える。

ダメだ、家族が帰ってくるまで、じっとしていられない。
恐怖と不安が暴走して、突発的に舌をかみちぎってしまいそうだ。

どこにも助けが見つからなくなった時、それが人生の終わりなのかな。

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by ren_with_parfait | 2017-01-28 17:21 | 暗い日記 | Comments(2)

晒け出させて下さい

私の人生、
楽しいことは沢山ありました。
幸せな時間もありました。
怠け者なりに真面目に生きてきました。
辛い病状を頑張って途中まで克服しました。

だけどやり切れません。

3ヶ月くらい、ある程度いい調子を維持してきて、
やっと、病気を克服して社会に出ていこう!と、
前向きな気持ちも出るようになってきていたんですが、
ここ2週間は本当にドン底です。

誰に何をされたでもない、
人生に何かがあったでもない、
ただ勝手にひとりでドン底に落ちて、
自分の人生に嫌気がさしています。

今日、診察でした。
2週に1度の診察になり、けっこう経ちますが、
また1週に1度に戻してもらうことにしました。

私の精神病は確かに、一時期に比べてよくなった面もあります。
でも、悪くなった面もあります。
時間は容赦がありません。

30歳になった私にとって、障がい者として生きることは、
障がい者であっても、それを乗り越えて生きていく姿を示すことです。

だけれど、
調子が悪くなったときの私の心の中も、
人前で振る舞う言動も、
特に母に当たり散らしている姿なんて、
誰かに見られたら二度と顔を合わせられないような、
そんな30歳です。

今日は病院に行くのも嫌でした。
それでも行きました。
けれど、やっぱり精神科は最終的な解決はしてくれません。
病状のところに道筋を立てて治療はしてくれるし、薬もくれます。

薬なんて、飲んだことのない人は、
「心を落ち着けるもの」ぐらいにしか思っていません。

そんな単純なものじゃないけれど、そういう単純で、
病人からしたら、あまりにも冷めている社会からの目線を、
気にしないようにならないと、社会には出ていけません。

実際、診察は、
話しを聴いてもらって、薬をもらう、
単純にいえばそれだけです。

その単純な中に精神科医の技量があって、
名医は患者の人生を幸せにする力があります。

今の先生に不満はないし、
私も、ようやく、色んなことが落ち着いてきたと思ってた。

でも、最近ホント嫌になるんです。

なんだろう、誰でもトイレってあるじゃないですか、駅とかの。
今日入ったんですね。

あれ、閉めるボタンあるじゃないですか。
それを押し忘れてあわてて閉めるんです。

そして、用を足したらうっかり流すボタンじゃなくて、
防犯ブザーの方を押しそうになって、
10秒くらい混乱してやっと流すボタンを押して、開くボタンを押して、
トイレから出る時には頭が真っ白。

トイレから出たら、人が何か喋っている言葉が、
ぜんぶ自分への悪口に聴こえる。

聴こえるものは聴こえるんです。
全然関係のない犬の鳴き声とか、人の談笑とか、
ぜんぶ自分への攻撃に聴こえるんです。

だから電車とかバスは地獄です。
どこに敵がいるかわからないようなもので、平然を装おうにも、
心の中は恐怖でいっぱい。

バスで隣の座席の人がいたら、相手が気分を悪くするとわかっても、
どうしても意識してしまう、その間ずっと恐怖、恐怖、恐怖。

こんな人生やめてしまえたらほんといいですよ。
理想を言うなら、あと2年くらいで苦しまないで死にたい。

もうリタイアしたいです。

友達にだって、自分の心の内なんて話せない。
私の仲間内だけかもしれないけど、そういうことは察しはするし、
たまに弱音をこぼしたりもするけど、基本的にみんな自分で頑張ってる。

症状はみんなそれぞれ違うし、慰め合っても仕方ないじゃないですか。

これまでの経過を考えて、ここ最近の超スローダウンで憂鬱な日を考えて、
私の人生に何があって、どんな危機にどれくらいの頻度で遭ってるか、
どれだけ挫折をしてきたか、それを知ってるのは私だけかもしれませんけど、

どう考えてもムリです。
私の考えるような人生を生きるのは到底ムリです。

頑張る頑張らないとか、頑張れる頑張れないとかじゃなくて、
こう、統計的にみてこのままいくと……っていうのがあります。
このままではいけない、と力んだ場合に失敗したことも含めてです。

普通の人なんてほとんどいないらしいし、みんなそれぞれ悩みがあるんだと思います。
でも、精神病に属するものからくる疲れ、老いぼれ方はちょっともう尋常じゃありません。

どんなに長生きしたって経験しないくらい部分的には疲れてます。

でも部分、部分をとれば回復してきた面はかなりあって、
普通のところはかなり普通です。
元気だったら障がい者だと疑われるシーンはあんまりないでしょうね。
全然そうは見えないって言われると思います。

だから全然そうは見えない人であろうとします。

何でも病気のせいにしたら、人格疑われるので、
なるべく病気とは関係のないところに自分の問題を求めます。

自分の人格否定をします。
否定をしすぎると辛いので、誰かに褒めてもらったりしてバランスをとります。

良い人でいようとして、良いことをしようとします。
相手のためを考えて話して、相手のためにならなかったら後悔します。

私は普通なところは普通なんです……他の精神病の人も、
みんな普通なところは普通だし、こうなっていけばいいのに、っていうのは誰の目にも明らか。

じゃあ健常者との違いってなんでしょう、
「障がい者」は「障害者」と手帳には書いてあります。
「障害を持っている人」という意味としてとれば、別に「障がい」とわざわざ直さなくてもいいかもしれません。

健常者の人でも悩みはありますよね。
苦しいですよね。

自分も病気なんじゃないかって疑うこともありますよね。

何が違うのかって、普通に済むはずのことがてんで普通に済まないんです。
自分でもそんなことないってことにとらわれたり、自分でもなければいいのにって症状で悩まされる。

例えば統合失調症なら幻聴ですよね、妄想ですよね、
まとまりのないどこに集束したいのかがわからない話しの道筋だったりですよね、
とにかく、自分、っていうもののまとまりが失調して、あらゆるものが自分をひどく痛めつける。

とんでもない被害妄想の持ち主だ、って、
統合失調症の人はよく笑いの種にされてきたので、そういうのを知っているかもしれません。

でも本人にとっては紛れもない事実なんです。
事実か事実じゃないか疑いながらもどんどん攻撃を浴びせられる場合でも大変な苦痛です。

あんまり突っ込んだ病気の説明はしたくないですけど、
私は健常者だったことが人生においてほとんどないので、逆に健常者の人がどれだけ大変かわからないです。

私がすっごく悲しいのは、自分の大切にしてきたもの、小さな喜びがなくなることかもしれません。

病院で、ずっと入院したっきりの人って沢山いるんです。
10年出られない、20年出られない、という人、慢性疾患になっている人。

そういう人が病院の中でどうやって生きているかっていうと、自分だけの小さな喜びを見出してるんですよね。
内心どれだけ辛いかはわからないですけど、もう自己表現も何も出来なくなっちゃって、
病気と完全に一体になってしまっている人。

何ていうか、私に向けられる医療と、そういう方達に向けられる医療は全く別というか。
病院でも一人一人の世界を尊重してあげて、平穏に病院で過ごせるようにしてあげているように見えます。

私と主治医の話しを聴いていたら、多分まともな人なら突っ込みどころ満載だと思うんです。
なんで、おかしいよ、何言ってんの、ってことを私は沢山言っていると思います。

例えば私がこれくらいブレずに社会に出ていく意志を獲得するのは、遅すぎるくらいかもしれないですけど、
それをあらかじめ先生がわかってないはずはなくて、いくらでも精神ブン殴る方法はとれるわけなんです。

そのほうがいい場合もあるんでしょうけど、私の主治医は心の暴力は極力しない先生です。

例えば、私はずーーっと、病気がある程度回復するまで、本心では精神科医になりたいことを黙っていました。
最近恥ずかしいという気持ちはあっても打ち明けて、話さなくてもいい人にまで話して恥もかきました。

だってどう考えても、誰の目から見ても、医者になんてなれそうにないからです。
それでも、私の発言や支離滅裂で統制のとれてない生活をイチイチだめ出しなんてしないわけです。

説教しても、正論をいっても、病気はよくならないし、それは医者のする仕事じゃないので。

医者がいる、どうしてか、病気がほんとにあるからなんです。

そして本当に残念なことに、これ、私は14で病気になりましたけど、
30にもなってよくなってないって、本気でリタイアを視野に入れないとダメかもしれないんです。

まだまだ頑張れる!恋くんならできる!という言葉は、とっても嬉しいですし、
出来ることならそうしたい。

でもホトホトほんと、希望より絶望の方が上をいってしまうというか、
40で人生を取り戻そうと頑張っている人もいるから、30くらいで音をあげちゃだめんですが、

いい歳なんです。

漢だし、なるべく弱音は吐きたくないし。

でも少し視野を広く見渡してみると、自分にほんとに何か成し遂げるなんて出来るんだろうか、
これまでのこと、これまでの回復の仕方、病気だけじゃなくて人格とか全部ひっくるめて、
ハッキリ言ってもう人間として認めてもらえるような生き方はできないんじゃないか、って思ってしまう。

元カノさんも、とうとう一切見えないところにいっちゃったし(←実はこれが一番痛い)

30歳の大台がこんなに厳しいものだとは思っていなかった。

でもまだまだ納得いかないのも本当です。
今はちょっと気を養って、少しでも前へ進めるようにしたいです。

何だかんだいって……健常者とまではいかなくても、
ブログで思い丈を稚拙ながらさらけ出せるのは、それだけ自己表現が出来るってこと。

読んで気分悪くなるような記事になっちゃってたら申し訳ありません。
でもホント……辛いっす。

めげめげ。

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by ren_with_parfait | 2016-10-14 20:57 | 暗い日記 | Comments(0)

ぐうの音も出ない

なんでこんなに不調なんだろう。
口ではあれこれ立派なことを言っているし、
表面的な気持ちは前向きな方に整っているはずなのに。

今も夕方のお薬と、就寝前のお薬を飲んで、やっと日記を書いている。

さっきもbuzzauxさんに、偉そうに、
『僕らの頑張ってることは全部よくなる前提なんですよ』とか、
『これ以上精神科に浸かりきってちゃよくありません』とか、
『環境を選びとってリハビリをしていきましょう、一緒によくなりましょう』とか、
そんな内容の長文メールを打ったけど……

一体口で言ってる立派なことと、自分の中身のギャップはなんなんだろう……

今も真っ暗な部屋で、
キレイにしているはずなのに虫が飛んでるモニターに向かって、
無表情でキーボードを叩いてる。

ネガティブな言葉がたくさん出てくるかな……と思った。
ここでなら吐き出せるかな……と思った。

けど、そうでもないみたい。

今まで出逢った人、みんなとても大切だし、
ブロ友さんだって、エブリスタでの交流だって、
元カノを想い続けたことだって、どれも大切なことなんだけれど、

特に問題があるわけでもないのに、
頭の中がすぐパニックになっちゃって、
殻に閉じこもっちゃって、
言いたいコトバが出てこなくなっちゃって、

ああ十分ネガティブじゃないか。

色んな考え方があって、
こういうのをみんなイエス様のご計画というクリスチャンの方に会ったことがあるし、
全てはDNAのプログラミングの展開で行われている、という話しもきいたことがある。

あ、うん、どっちも正しいんじゃないかなぁ、と思うけど、
その真ん中を埋める作業は私には出来ない。

無力感。

憤り。

これまで怠けてきたことへの憤り。

自分への憤り。

自分への不満。

それがあるのに、自分に厳しく考えたら、すぐに折れる弱い心。

あの子は一体、俺の何が好きで5年も一緒にいたんだろうなぁ……
わからないや。

俺の少ない友達はみんな、何がよくってこんな薄情者の俺と、
友達でいてくれるんだろう。

どこにも良いところが見当たらない、
今からだって、良いところを探して、磨いて、逞しく生きていきたい。

……そう思うのに。

あの子が
婚約者です、って言って、ODした俺の病室に入ってきて、
確かビンタくらったな。

何回も入院するたびにビンタくらった。

今、なんでこんなことを書いているのか、
明確な意味はないんだけど、あえて意味なんて考えずに、書いてるんだけど……

もう入院はしたくないなぁ。

だぁーれも褒めてくれないけど、2年入院しなかったのはホントに頑張りました。

不治の病が原因で、いくらでも恥はかきました。
電車の中で失禁したことだってある、むりやり尿道にくだをつっこまれたことも、
催促しないとトイレットペーパーも出してくれない牢獄に閉じ込められたことも、
あります。

あぁそうだ、精神科は、ひどいところなんです。

だから、俺はほんと、治療をする人になりたいんだよなぁ。
精神科医でも、臨床心理士でも、
それが分かってるのに、なんで勉強しなかったのか、
いいじゃん今からやれば、一度きりの人生、自分のやりたいことをやればいいよ。

ただ、愛おしくて
愛おしくて
最後に残るのはこれだけなんだな

ただ 愛おしくて
愛おしくて
いつまでも一緒にいたかった

ある占い師に、「あなたは30で死にます」と何回も言われて。
ちょっとビビってるけど、死にはしないと思う。

避けていれば、その呪いに負けなければ、死ぬことはないだろう。

でも、今変わろうとしているのは、
紛れもない、これからの私と、これからの大切な人達のために、
俺は変わろうとして精一杯あがいているのに、

ぜんぜんうまくいかない……。

入院はしたくないし、しない。
自殺もやめておこう、何回も考えたけど、やっぱり、やめておこう。

そう考えるとさ、小さいよね、死ぬかもしれない人が、
あと1日生きた、その事実だけで十分だよねって、
変なこじつけで納得しちゃう、
俺だけのことじゃなくて、この病気の人みーんな辛いんだから、
それに、みんな変なんだ

だから、同期の桜じゃないけれど、
同じ時期に病院で知り合って、深い仲になった人、
本当に心を許せる人と足並みを揃えて社会に出ていく。

そのためのリハビリをしていく、

言葉にするのは単純なのに、病気ってのは重いや。

せめて、あの子にもう一度会えることが、
頑張り続けたその先にあるんだったら、もうちょっと、
生きてみようって気になれる。

それも、常に出逢えているんだけどね。

あの子っぽいなー、っていう、偶像。
みたいなものに出逢うたびとか、
あの子が好きそうだな、っていうお話に出逢うたびに、
懐かしいなぁ、って、

結局、結論話しの落としどころは、
どんなに浮つくことがあったって、
俺はその子が生きてるから生きているようなもんだから。

それを夢物語にいてみていたい。

サン・テクジュペリの星の王子様を読んでみたいなぁ。

おやすみなさい。

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今日書いたマインドマップ、見られるかな?

したっけ!


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by ren_with_parfait | 2016-10-09 18:12 | 暗い日記 | Comments(0)

詩を6連投しましたが、しばらく詩を書いていないのにどったの~?
って変に見えちゃった人もいるかも。

「伊達や酔狂でやってるわけじゃねぇ!」なんて言葉がありますが、
私の詩や音楽は完全に伊達や酔狂です(笑)
植物が好きなのはもっと昔からなので違うかも……ですが、

エブリスタで詩のイベントを2つ誘われまして。
ブロ友のハニーさんは励ましてくれましたが、女性関係でホントにズタボロになって、
何だかまわりに僕の悪口を言いふらしているみたいで、心配なんですが……
ホントに何もなかったし……今ではお互い様だと思っているし、周り振り回してほんとスンマセン!!

って気持ちです……。

でも、そこから吹っ切れて、
もうここまで来たら、自分の大切な人のために、
何と言われようとも「ここまで君のためにやったよ」
と言えるようにしたい。
ただ怠けている自分を見せて「こんな俺だけど君じゃないとダメなんだ」なんてのは、
通用しないし、恥ずかしいしってことを考えるようになりました。

もしかするとどっかで新しい恋もあるのかもしれないけど、
死ぬまでの時間を逆算すると、何だかそんな時間は残されていない気がするんです。

当然、50~90歳の間で死ぬんですが、
その間に20~25の頃の大恋愛と同じだけの意味の込められた恋愛が待っているとは、
どーしても思えない。

だから経済力を身につけたいし、社事大行くのも、
敢えていいませんけど、自分の中では安易にしても考えはあるんです。

叶うなら裕福にしてあげたいかな?
とだけは言っておくけど……マ、俺のことは俺が勝手にしていることだから……。

兎に角、女の子には本当に懲りているんですが、
今日buzzauxさんとOさんと、妊婦さんで出産したJちゃんって子と食べに行ったんですが、
その子はちょっと別、5歳上のお姉さんとして、しっかり落ち着いて話してくれるし、
精神も性格もまともだし、向上心もあるし、いい人なので。

今日は吉祥寺で出産祝いにお食事とカラオケに4人で行ってきたんです。
で、その道中に、期日の迫ってるイベントの詩を書きあげてたと……。

詩を書くことまで私から取り上げられたら本当に抜け殻になっちゃうんで、
むしろ頼むからこのまま突き進ませてくれ、と、懐かしい人には言いたい。

その子が僕を富ませているのだから、ほまれはその子にあるのだから。

昨日はYuch師匠の家に行って、DirのTシャツ、ヒスのポロシャツ、月光デッキ、
お札とかプログレ創世記のvol.22とかを渡して帰ってきました。

今日はそんなんで……落ち込んでいるのが、
僕の想いはその子に重いのかなぁ……、ということ、
確かに僕の詩はヘビィだし、毒あるし、曲にまでしちゃってるし、
色々問題はあるんですけど、別にストーカーしてるわけじゃないし、
就職しない限り連絡はしないって約束は守ってるし、いつも幸せを願ってるし、

ほんと、この気持ちが迷惑だって言われるのが辛い。
これだけを頼りに生きてきたから、これがなくなると、もう生きている意味がわからない……。

うん……それで落ち込んでます。

載せちゃっていいかな……出産を無事終えたJちゃんと写真を撮りました。

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美人さんでしょ!Jちゃんは違うけれど、美人さんの誘いだって断ってきたんだから……。
それと不安は例の人生引っ掻き回した女の子が、俺をどう言ってるか……。
ほんといい歳して、高校生が気に喰わないからハブにするみたいな発想で、
LINEで悪口垂れ流してるとか、ひどすぎる。
Jちゃんを見習ってほしい、女の人も本当多様だなーって。
Jちゃんが結婚する前にも「恋くんがいいなー」なんて冗談で言われたこともあったし、
ずーーっと女の子を避けてきたのは何のためやら……。
心が痛い……詩にも出来ない……。

ま!それは置いておいて。
イベントは30日開幕。今度こそはランキング圏内目指しますよ。

下の写真は古着屋さんで気になった服。


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可愛いでしょ、でも僕が着たら激甘になっちゃうんです。



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これは2000円くらいだったかなー、ミリタリーにどうしても惹かれる。
似合わないのにね。


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これも2000円くらいかな?純粋にシルエットが可愛い。似合わないんだけどね(笑)



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これが9000円くらい?まんま深瀬だ、ドラゲナイだって服ですが。
うん、残念な深瀬くんの自分ドラゲナイです……(笑)


はー、パフェと散歩をして、
勉強して、
ギー太を練習して、そんな生活に戻さないと、
詩を書いて、野菜を育てて……。
Jちゃんは野菜受け取ってくれました。

社事大に行く勉強はbuzzauxさんが一緒にしてくれるみたいで、
わざわざ三省堂に電話をかけてくれた。

世の中には、本当にいい人もいるし、本当にわるい人もいる。
Oさんが「何して生きてきたの?30でしょ?」みたいなことを、
|д゚)チラッ
と言ってたけれど、それもそうだよね。

一応、僕なりに必死に生きて、
人にないものは持ってるって自分で信じているし、
その自信がないと、目標は達成できないと思っています。

今は、とにかく迷惑だと思われていないかどうかが恐ろしい。

命の源が全て消されてしまう感じ……、
私の人生から大切な人がいなくなるのは、本当にそういうこと。

だから、ホント、詩も気を引くためになんて書いてないし、
曲も、気を引くためじゃなくて自己満足だし、
どうか、どーでもいいって思っててほしい。

で……何の期待もしないでいてほしい。

その理由はわかると思うけど、頑張れなくなっちゃうから、かな。

明日もいい日になりますように!

したっけ~!(暗いな~汗)





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by ren_with_parfait | 2016-09-28 21:50 | 暗い日記 | Comments(2)

ターニングポイント

分岐点だ。

ターニングポイント、かもしれない。

無数の分岐点のひとつじゃない。

ひとつの大きな分岐点だと、
直感が教えてくれている。

昨日カウンセリングで、今日は診察だった。
最近先生は診察に1時間を割いてくれる。
前の病院では5分だった。

そのかわり3時間待たされて、
最後の患者は私と決まっている。

私は医者を困らせるのが上手だ。

さて、私はどうしたらいいのか。
深刻にしても、投げやりにしてもいけない。
厳しすぎても、我慢しすぎてもいけない。
病気はひとつめの寛解を迎えたけれど、まだ侮れない。

私は何のために生きてるのだろう。
生きていたいからに決まってる。
人生は楽しい。
何よりパフェがいる。
私の好きな人が生きているこの星が好きだ。

私のことも好きだ。
みんなが私の個性を喜んでくれる。
だから私は私のことが好きだ。

疲れることはある、
特に外に出た帰り道はヘトヘトで、死ぬかと思う。
今も泥のように寝る直前。

私に差し迫っている問題を、
焦点化するのはキリがない。

先生も今日は何も言えなかった。

けれど、
母が高齢者になったこと、
それと、
愛する人といつか再会したいこと。
パフェに幸せなこれからがあること。

それ以上のものは私にはない。

私は精神科医になりたい。
これは恥ずかしくて言えなかったけど、
20歳の頃からの夢だし、
むしろ精神科以外に働きたい場所がない。

どうすればいいんだろう。
お金を貯めることも勉強をすることも、
私は健常者より忍耐に劣るから、
精神科医になり人のためになるのは、
並大抵の道じゃない。

ある意味で、医師を目指す歳としては、
今が最後といってもいいと思う。

色々と学費の抜け道はあるらしい。
奨学金制度もある。
私は精神医学や心理学がとても楽しい。
お医者を唸らせる仮説を称えるのが得意だ。

だから、絶対に無理なわけじゃない。
でもあまりに私には足りないものが多くて、
勉強だけじゃなく、身についていないことが、
大きすぎて手に負えない。

ただでさえ足りないのに、
色々なことがやりたい。

園芸、文芸、音楽だったりする。

私はお金の管理もずさんだ。
母はもうなんのために働いているのか、
分からないほどに私にお金で振り回されている。

そして、私が妥協しない限り、
最愛の人とまた会えるようになるのは、
二度と起こりえないことになってしまう。

勉強が楽しく、勉強から仕事に繋げる。
それしかないのに間に合わない。

私は綿あめみたいな人間だから、
物事を抽象と感情で考える癖がある。

気持ちにゆとりがないと、
全てバラバラに崩壊してしまう。
ある程度甘やかさないといけない。

しかし最愛の人と母の苦労を思うに、
私は理性でリラックスした状態から自分を切り離さないといけない。

早く就職するのが最善だし、
合わなければとりに帰るのことも出来る。

だがその発想はすぐ消える。
今までの延長にある努力のほうが、
安心して過ごせるからだ。

最愛の人と母に対して負担をかけて、
末期的な状態に今すでになっているのに。
どこまで自分らしくあればいいのだろう。

すぐに答えは出ないけど。
母やパフェのためをよく考えて、
懸命な判断はどうにかしていくべきだ。

何をどうしたら私の望みが叶うのか、
これらも試行錯誤しケジメをつけないといけない。

頑張ろう。
親愛なる人たちのためにも。
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by ren_with_parfait | 2016-08-04 23:06 | 暗い日記 | Comments(0)

私の人生、私が決める。

ずっと頭を離れない言葉、
ココ(エキサイト)に来るたび、
いつも真っ先に思い浮かぶ

「恋くんの人生だから、恋くんが決めればいい」

ブロ友のハニーさんのコトバ。

私は障がい者として、都に登録されてから、
はや10年を迎えようとしている。

病気は良くなってきている。
全ては病気が良くなることに伴う、
偶発的な痛みのようにも感じられている。

しかし、ここのところ低空飛行が続いている私。

オフラインの日記をつけることもせず、
日々のタスクも、考えることすらやめていた。

毎日、深い絶望の中に居たかというと、
今はこれでいいと思っていた。

ほとんどの友達と疎遠だし、
閉鎖的な空間の中で、ただ起きたり、寝たり、
生活リズムを崩したり、取り戻したり、
柄にもなく本気で死ぬことを考えたり、思い直したり、

何もかもが釈然としない毎日。

筋の通っていない日常。
それを良しとしていたけれど……、

私は、自分の人生をどうしたいんだろう?

昨日の診察が私にはとても不愉快だった。

帰りの電車とバスですっかりパニックになり、
白い目で見られながらフラフラになって帰ってきた私、
そんなことは主治医にはどうでもいいことなのだろう。

そんな気すらした。

かといって私は同情的に痛んでほしいのではないと気づいた。

私は何がしたいのだろう、
何もかもが曖昧なまま少しづつ重ねていく月日。

色々なことを失ってでも、
勉強と就職活動にのみ帆走出来れば、
これほど小気味のいいことはないに違いない。

私が10代の頃に、
芥川賞を18歳の少女二人が受賞した。

あの時の悔しさを私は忘れたくない。

……それよりもっと前、
Visual系の音楽を知って、
心の底から同じになりたいと思った感動、それも忘れたくない。

摂食障害を持った彼女を助けること、
ただそれだけに夢中になっていた日々、
その子の幸せだけが私の全てだった日々。

そんな中、重症の患者さんが病院から帰る私を追いかけてきて、
「○○くん!おつかれさま!」と言ってくれたこと、
その時のこと、
私はこういう人のために生きたい、と思って、
絶対にこのことを忘れないと思った時のことも、よく覚えている。

そしてパーソナリティ障がいから統合失調症の病気が移行した後、
宗教妄想に狂い、ある人に人間失格と言われ、
ある人にあなたは30歳で死ぬと言われた日々から、
イエス様が救って下さったこと。

それから毎日祈り、自分自身の偽善と向き合い、
悪いことには罰の対価を付け取りながら、
洗礼は受けていないものの、イエス様の喜ぶ生き方をしたいと思ったこと。

それも忘れたくはない。

私が中途半端なのは全て私のせいなのだけれど、
一体、何が私を遮っていて、一体、どんな私が望ましい私なんだろう。

中途半端なまま足掻いて、足掻き続けることが、
私の人生で、その端々で人の幸せになれるのだろうか、

身をひそめ、息をひそめ、
閉ざされた世界の中で自信のないまま、
弱い自我を抱え、弱い自我を慰め、
それを私として、小さな幸せをよしとし、
小さな幸せを人に与え、人を傷つけないのが私の人生なのか。

それとも、自分を痛めつける結果になっても、
高みを目指して、焦点を絞って、
日々自分に鞭を打って、茨の路を登っていくことが、
私にとっての誉れなのだろうか。

私は矛盾している。
私がしたい音楽はこんなことじゃなかった、
私が書きたい文学はこんなことじゃなかった、
臨床家になりたいという思いは嘘じゃなかった、
ぜんぶ、ないがしろにして中途半端にしているのは私だ。

開けた世界に行きたい、
開けた人生を生きていたい、
この眼と耳をひらいて、私の明快な意味を持たない毎日に、
意志をどうか通してほしい。

他力本願な祈りを繰り返す私。

決めていかないといけない、ケジメ、
人生が半ばに差し掛かったことへの、ケジメ、

ヤケになるんじゃない、
南に北に、東に西に意味もなく走り回るんじゃない。

私自身に何が見込めて、そのために何をしていくべきか、
きちんと自分に出来ることを見抜いて、
そのために毎日を過ごさないといけない、見抜く力を、
養わないといけない、自分のために、誰かのために。

私が行きつく先で咲うのは、
いつの時代も、愛せるだけ美しさがあったのだから、
報いて幸せをもたらさないといけない、
私の行く先々には、私から産まれる幸せがないといけない、

それは、誰かが私にくれたものであるから。
それが、私の人生であったのだから。

したっけ!

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by ren_with_parfait | 2016-06-24 16:46 | 暗い日記 | Comments(0)

人生節目の危機

また暗い日記になります。

とりあえず肩が痛い、腕が痛い。
原因不明の手のひらの皮膚病が再発。

放送大学の試験勉強。
27日に行って来ました!
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地元の駅から富士山が見えるんです。
快晴だったので、久しぶりに見ることが出来ました。

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試験会場到着。

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この建物が放送大学の文京キャンパスになります。

結果……1科目しか受験できませんでした。
それもギリギリ、単位とれたかは結果待ちです。
前学期からの引継ぎの科目に関しては、完全に落としました。
残り4教科は繰り越し。
やっぱり1日3時間は毎日やらないとダメみたいです。

それはいいんです。
1科目でも受けられたから、少しだけ前に進めたので。
挫折感は相当あります。
本当なら今頃は試験を全て終えて、就職活動に生活をシフトしていきたかったので。

今日診察を待っていて、
あまりに辛くなってしまって、
今かかっている病院への不満を、我慢しきれなくて先生に言ったのです。

私は、3時間診察を待っている間、ずっとそのことを悩み、

これは私の被害妄想ではないか、
神経質になっているのではないか、
八つ当たりしているのではないか……。

とずっと頭を抱えていたのですが、先生に対して「この病院のこういうところが苦手です」と告げたところ、
「事実だと思います」と先生に言われました。
「病的に被害妄想をしているわけではないと思う。確かに当院はそういうところがある」と仰ってました。

以前かかっていた先生とは対照的な先生。
前の先生は自分の医者としての力量に自信があるものの、性格にとても偏りがあって
「私の言う通りにすれば100%よくなります、言うことをきかないなら来ないで下さい」
というようなことを言い続けている人でした。
今思うと「私」っていう存在は精神科の中でも浮いてしまう存在だから、
危機感を持ってそう言ってくれていただけなのかもしれないと思います、やり方は歪でも。

今の先生はとても優しくて、
私が今日病院への不満、この病院のこういうところが嫌、
という話しをしても「あなたの仰ることはわかります。我々が改善しないといけないところです……」
とずっと一患者である私自身の訴えを心に留めて下さった。
私が指摘する病院の欠陥も、以前は私が「それはおかしい、それはおかしい」と何度も院内で言い続けたことを、
「独善的に不満を訴えた経緯がある」と診断書に書かれたことがあったけれど、
通院患者の立場に這い上がり、今日話してみて「事実だと思います」とハッキリ言って頂けたのには、逆に色んな意味でショックもありました。

前の、高圧的で、自信過剰で変に頭ばかりがいい先生より、
今の、優しくて、色んなことを曖昧に事なきにしようとする先生の方が、
私には合っていたから、ここまで病状が回復したのだと思ってはいるんです。

治療のアプローチも、私が気が付かないだけで、長期戦を見込んで粘り強くやってくれてきたはず。

だけど……
最近はいくら私が話しを持ちかけても
「分からないけれど、あまり病的な話しをしているようには思えない」
という口癖が目立つようになってきていました。

これも先生の治療的なアプローチで
今、私が頑張りどころだから
「病気を言い訳にしない生き方」
を探そうとしている私に対して、多少のおかしさは看過して見守っているのだと思う。

だけど今の主治医の先生……。
今まで何回も、何回も、私の治療に、
「自信がない」と言ってきているので……。

先生に質問をして「分からない」というのは、
本当に「分からない」し「これ以上考えても埒があかない」と考えて居られるのではないか、と思ってしまう。
主治医は、他の患者さんの話しをする時にも「あの人のことは分からない」と言うことがある。
自分をあまり頭良く見せないようにする所とか「おあとがよろしいようで」という和やかに診察を後にできること、精神医術の数々を思うと、人格的に成熟したお医者さんなんだと思って、尊敬はしています。

だけど一方で、先生の精神科医としての仕事のスタンスが、社会復帰可能な人を、社会復帰させるために、
最大限援助し病を治す、という信念に基づいているものだとは思えない時があります。

けれど、今でになってみると、先生の医療観もとても良くわかる。
「病気で今まで大変な思いをしてきて、打ちひしがれて、現状維持でよい、もう頑張りたくない、と考えている人に、社会復帰の無理強いはできない」
という先生の医療観についてのこと。

「病気を治す」というのが病院ではあっても、その「病気」が本当に侮れなくて、癌などと並ぶようなとても重度の病気の人に「癌だろうが何だろうが、誠心誠意生きるのは当たり前だ!」などと言えないのと同じ。
それだけ今の先生は、精神病の深刻さを知っていて、無力感を感じた末に、患者を無理に社会に出させようとするスタイルをとらなくなったのかもしれない。

私自身、自分や周りの病に苦しむ人達をみていて、この病は目には見えないけれど、
深刻な病状の人は本当に沢山いるということを、何度も何度も入院して見てきたし、
これは死に至る病気なのだというのを、よく感じる場面があります(私自身も例外ではない)
それでも私は軽いのだけれど……何十年も病院の中に居る患者さんを、そろばん弾いて社会で生きてる人がまじまじ見たら、同じ人間だと思えないはず、私はちょうどその中間にいる存在。

言葉に出して、自分の辛さを話せる人。
恵まれている。

話しを戻します。

優しい先生というのは、人の心の弱さが分かるから、
優しくあろうとした結果、
重症の患者さんを「治す」というのを、「社会に出て壮絶な苦しみの中歩んでいく」とは断定しないのかもしれない。

でも、本当にかかりはじめた初期の頃に、
「自分は病気だって納得しちゃったもの勝ちですからね」
などと、主治医が本音で言っていた言葉はどうしても気になってしまう。

どこの大学を出た医者か、というのも、精神科医の性質を決める上でひとつあるみたいで、
前の先生は東京大学、今の先生は防衛医大。
東京大学の医学部といえば中央集権のイメージがあるし、
防衛医大といえばPTSDなどのトラウマを専門に扱うイメージがある。

とにかく、今の先生は、
私を治療してよくする自信はないらしい、
でも諦めてはいない、結果よくなっているのは私も認めるし、客観的にも認められそう。
嬉しい、それは本当にありがたい、だけど敏腕では決してない、それは主治医も認めていて、そこが人間らしい。
だけど私の本当の不満は主治医にあるのではなくて、病院全体の風土そのものであることが、辛い。

今いる病院は小さな病院で、
ヤクザさんとか、元々地下組織に居たような人とか、
薬物依存症の方とか、女の人でも闇の路を歩いてきた人、
私が知らなくてもいいし、知ろうとしても、私では力がなく、
為になれないタイプの方々さんが、患者同士の交流の中心に居る。

そういう人たちが皆悪い人なわけじゃない、ただ私には付き合いにくい。
私はもっと健全な世界に生きている普通の人と普通に話しがしたい。

つまり、病院の風土としては、
怖いお兄ちゃんや怖いお姉ちゃんが、通い、顔を効かせるだけの何かがある。
そういう人にとって都合のいい事情がある。

実際にこの病院の裏を覗いたら、とても黒いんだと思う。
私みたいな世間知らずは目隠しをされているけれど、危険を感じることは多い。

良い看護師さんも居るし、事務やワーカーさんの態度が一理あるのもわかる。
そう、人間として当然の礼節は必要だし、言わなければ、エスカレートしてしまう。

けれど、では、精神科として当然の人間の気持ちに対する配慮をしているか、
医療チーム全体で患者の治療に取り組んでいるかというと、患者を介護して仕事に忙殺されているだけで、
病院の中で医療的信念を持っているのがハッキリ感じられるのは、トップの看護部長さんくらいしか居ない。
人柄の良い看護師さんは沢山は居る。(もちろんよくない人もいる)
だけど「どういうつもりで医療に向き合っているか」と質問して、返答出来る看護師さんは本当に少ない。

そして今日看護部長さんとも、久しぶりに話しをして、転院のことや、
この病院への不満、ひとつステージが上がるたびにどんどん苦しくなっていくこと、
先生にも話したようなことを話したけれど、私の今かかっている病院の弱点は、
部長さんも意見を合わせて

「そういうところはあるわね」

と理解を示してくれる。
自分が統括している看護部への悪口を、
イチ患者が感情に任せて話しているのを、
聞いてくれる懐の深さは、本当にすごいと思うのだけれど、

「ここはそういう病院だよ」
と言われているようで、ショックだった。

それより何より悲しいのが、精神科に居て、尚、疎外感を感じること。
この空間にも溶け込めない私とはなんだろう。
私はとても性格の悪い人になってしまって、人間として腐ってしまって、
本当に同情の余地もない最低な人に見えるから、私に対して皆厳しいことを言うのだろうか。

皆が皆、私のためを思って厳しい言葉をかけているとは思えない。
たぶん、本当に嫌なやつに成り下がっているんだろう。

その確信がある。

だからこそ、これ以上、辛くて苦しい日々を送りたくない。
不必要な苦しみのせいで、人間が腐ってしまいたくない。
そんな状況で、病院という存在が重くのしかかっているように感じる。

けど、先生が言うように、これは転院してみて、それからしか結果が出ない。
それに先生のこともカウンセラーさんのことも嫌いなわけじゃない。
ここまで良く忍耐強く私に治療を施してくれたと思う。

放送大学が思うように成功しなくて打ちひしがれているだけなのかもしれない。
あるいは大げさに喚き散らしているだけで、本当は軽症なのかもしれない。
心理学を変に勉強したせいで、鼻につくような話し方をしているのかもしれない。

逆に……辛い気持ちを隠そう、それは人に迷惑をかけることだから……
安定した自分でいよう……仲間を大事にしよう……我慢しよう……今は耐えよう……
頑張りどころ!

と言い聞かせてきたことが、一定の成果を出しているように見えるからこそ(認めてくれているからこそ)
診察の最後、先生に
「私大丈夫なんでしょうか?(汗)」と話した時、
「大丈夫だよっ!(笑)」と気さくに返事を返してくれたのかもしれないなぁ、とも思う。

「ここまで頑張ってきたんだし、それだけ考えることが出来て、言葉に出来るなら、大丈夫!辛いばかりじゃないんでしょう?楽しいこともあるし、いい仲間もいるし、それぞれを少しづつ解決しようとしてるじゃない」

そんな気持ちを込めて「大丈夫だよ」と言ってくれたのかもしれない。

……なんて楽観的に今は終わらせようとしているけど、
さっき睡眠薬を飲むまでは、自殺のことを本気で考えていた。
前の病院で、何人も自殺した人を知っていて、私も自殺したいと思うことはあっても、
自分は自殺するほど追い詰められてないと思っていたから「なんで?なんで?」という気持ちだったけど、

もし、こんな毎日が当然の苦しみとして報いる日々があるのなら、
きっと私は死んでしまう。

悲しいことに、ユーロジンよありがとう。
人の相談には偉そうに乗るのに、自分のことは何ひとつしりぬぐいも出来ていない私。
もっと、自分自身を磨いていきたい。
障害者雇用枠にしても、仕事をするのはとても苦労をすると思うけれど、
仕事をして、社会や人のために責任を果たしたい。
そこまで行きたい、ここで腐りたくない、
なのに、階段を一つ上がれば上がるたびに、周りは自分に厳しくなっていく。

周りが厳しいくなる理由は、私も少しわかる。

今まで私に我慢ばかりしてきた腹いせなんかじゃないし、
「あなたはこの段階だから」と前提ありきで人に厳しくするわけじゃない。
後ろを見てほしくないから、辛い言葉でも前を向いていけるように、
死にそうに狼狽えている時ほどに甘い言葉で話そうとしないんだと思っている。

転院はどうなるかわからない……。
でも、身内に3時間かけて転院をどうしてしたいかのメールを打って、
「転院するなら、入院しても苦痛じゃないと思える所を探してみること。焦らず、決めること」と言われた。

今日、先生にも話したけれど、
今の病院の一番いいところは

「二度と入院したいと思えない病棟」

だから……。

身内としてはいつまでも私を支え続けることは出来ない。
それは、常々感じていて、本当はあと1年耐えれば、保険とかにも入れるんだけれど……。

ひとまず、転院のことはゆっくり整理してみます。
あまり暗い日記は書きたくないんですが、気が休まらなくて、辛くて。

どうか、この日々に晴れ間が見えますように、
これ以上、友人関係などで軋轢や歪が生じたり、
家庭が崩壊したり、パフェが辛い気持ちになったりしませんように。

一生懸命、生きさせて下さい。
誰かの為になれる、人を傷つけない人生を私に下さい。

読んで下さった方、ありがとうございます。

文章、分かりづらくて、本当にゴメンなさい。
たぶん、転院を本当にするなら、入院することにもなると思うので、
そうしたらブログ更新出来なくなるかなって……。

まだ決まった話しじゃないですが、ブロ友の皆さんにはいつも励まされています。
迷惑をかけることもあり、反省してしまいます。

私なりに精一杯、迷惑をかけないように、気を揉ませないようにしたいと思います。
ネット上に書いてはいけないようなことを書いているかもしれないとは思うのですが、
最低限配慮をしたつもりです。
不快になられた方が居らっしゃいましたら、本当にごめんなさい……。

まぐまぐ。

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by ren_with_parfait | 2016-01-30 01:06 | 暗い日記 | Comments(4)