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とてもカオス

「見えてこないですね」
金曜日診察に行きそびれ、今日診察に行ってきた。

10:30起床。
病院に連絡を入れ、予約した後、携帯電話の紛失先に連絡。
部屋を片付けて、新聞を開く、だるい。
薬を半分飲んでないせいか、なんだか気分が変だ。
新聞を読む気になれない、ハッ!ここ最近やたら考えてたから、それを書いて診察に持っていこう。
病院到着、S看護師と遭遇、「狂ったような空だね」と言われる。
「毎年同じようなこと言ってる気がしますけど」
「よく覚えてらっしゃる」
「いえいえ…」
「昔は3月の桜は狂い桜っていったんだよ」
梅の木が咲いてるのをみて、確かに違和感を覚えた。
この看護師さん辞めないでほしいんだけどな……。

診察に入る、先生髪ボサボサだ。
自分もボサボサ。
30分以上話したのではないのだろうか。
「見えてこないですね」
先生が押し黙ってしまう場面もあった。
いくつかの仮説が立った。
私が気づかないと診察は前に進まない。
心を奥を開いて無防備な状態になるから、診察を終えると急いで記憶をしまいこむ。

いくつか

①深刻な病に自分自身がならなければ、深刻な病に陥っている人に対して偽善的である、つまるところ同じ病になってしまえば偽善的ではなくなる、これが生き方だと言われれば確かに生き方なのだけど、それが本心だからといってそれに賛同してしまっては、医療として崩壊してしまう。

②様々な統合失調症としての妄想・幻覚が統合されて落ちついているのだけれど、そういった思考のまとまりのなさ、突飛さとは違った意味で統合失調質だと捉えることが出来る。

③ひとつの人格として、異なる2つの考え方「べつの考え、べつの価値観」にもとづいて私自身が考えていること。違う人生、生き方を求めている2つの思考パターンがどうにもあるようである。

④これも、病理学の偉い先生がどういうかはわからないが、統合失調症の症状と考えていい。

⑤統合失調症と診断されたことによって、より心の奥深くにあったものが、表面に現れてきたのかもしれない、という仮説は立つ。

 以下は、今日の手紙からの抜粋。


 私にとって最悪の結末は何かというと、友人ととことん疎遠になり、家族を失い、意味不明瞭な妄想の世界の中で、寂しく、一人で人生を終えていくことです。

 何か私は「そういう人たちのようにはなりたくない」という感情を毛嫌いし、「そういう人たちに自分もなれば、自分はその人たちに対して偽善的ではないのではないか」といった、どこに利があるのかわからない独善でこれを望んでいるように思えます。


 私の人生は私の自由なので、私が落ちていくことも私の自由です。

 実に高慢な性質を本質的に持つ私は、誰の言うこともきかず、自分の中の独善が突き通せる在り方を探しているように思えます。 ―



 先生は、手紙の中でもここを注視して読んだようだ。


 私は診察で開口「病気に言い訳をしないで、生き方として考えたい」確かにそう言った。


 自分でも変だなと思う。

「落ちていくことも自由」と語気を強めている。

「本質的に誰の言うこともきかず」と言いながら「独善で"そういう人たち"に自分もなれば、偽善的でなくなれる」ことを「望んでいる」と書いてある。

 

 本音を言うなら、そんなことは考えていない。

 だけど、確かにそう書いてある。

 確かにそう書いてあるんだけれど、診察の最中に先生の言っていることが、どうしてもわからなかった。

 正直考えて文章を打っていなかった気がする、思うがままに思いの丈を手紙にしただけだったのだ。

 けれど、手紙にはこうもある。



 眠っている時、私は「死んでいる」と知覚して夢を見ていることが多いです、もしくは夢の中が「現実」で、ふと起きた時には非現実にいるような感覚で、また眠りに入っていくような感覚です。ただこれもいいように病気らしく説明をつけているだけのようにも思えます。 ―


 診察を終える時「このレベルの医療が受けられるのは幸せだと思ってます」と本音を打ち明けたら「そうかなぁ、混沌としてしまっているようだけど…」と…。ちょっと自分でもこのことはまいっている。


 そして携帯とりにいく。無事FORTUS回収。お腹がすいている。多重人格に憧れるほど今の私は子供じゃない。とにかく、私は平凡な幸せがほしい。病理学の本が読みたい。


 ハァ~…大丈夫なのか俺…。


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by ren_with_parfait | 2015-02-23 22:50 | ぶつくさ | Comments(0)

内省的な記録

ギギギ…。

15:00起床。
LINE。

生活習慣の悪さから、友人に呆れられてしまいそうな話しだ。
私は病気としてこのことの説明を試みるのだけど、これは2つの意味から難しい。
私自身、睡眠サイクルの問題を、病気として理解していないし、あまり病気として考えてもよくなりそうもない、と考えているからだ。
だが、実にこれはいい加減な姿勢なのかもしれない、自分の一番の問題を、一方では病気として治療者のところに相談しに行って、一方ではこの問題が自分自身に責任があると重く受け止めていないのかもしれない。
少なくとも、長い文章として、書き綴った文章が先ほど消えて、もう一度想起しようとしたら、再現に苦しんでいる今の状態を考えるに、ひどく説明し辛いことであるのだと自覚する。
友人と関わっている時、私は親しい友人の場合は、自と他が曖昧になることに妙な安心感を覚える。
まるで、自分の存在が、その友人を通じて膨らんで、相手が怖くない、と思うものは自分も怖くないような体験だ。
1人でいる時の私は実に怯えている、少し友人関係に摩擦が入っただけで心臓がバクバクいい、外音、鳥の声、車、機械音などがする度に、今すぐ殺されるのではないかと、危機感を募らせる。
1人で充実するのに、そんなに多くの要素は、私は私に望んでいない。
ただ、朝起きて、犬の散歩にでもいき、図書館あたりで本を読んできて、寝ることだ。
この程度のことが続けばいい、その状態が数ヶ月続いても、入院するよりずっといいのだ、けど、私の、生活のレベルは、実に入院生活より下だ。
眠っている時、私は、自分を死んでいるものだと思っていることが多い。
もしくは、睡眠中の世界が現実だと。
寝ている時、私は外の世界を非常に嫌う。
それは、「夢の外の世界」だ、そちらが非現実だと考えているところがある。
外の刺激、助け舟になるはずの友人、全てを遠ざけようとする、少し動けば気持ちが楽になるはずのことも避ける。
食事、排泄、水分補給もほとんど避ける。
何度か起きるが、目が覚めるとあまりに居心地が悪いため、また夢の世界に入っていく、もちろん夢の世界も居心地などよくないし、起きている時にはそれが最悪の選択だと考えてもいるはずなのに。
眠ってしまうと、起きている時の理性は一切働かない、人格そのものの水準も非常に落ちる、起きて理性を働かしている時の私の考えと、まるで違う考えで動いているようにも思える。

私には、「心の声」や「直感」と呼んでいるサインがある。
判断に迷った時、迷っていない時に関わらず、これを意識している時は常に存在するYes or Noのサインだ。
例えば、「直感」に今、この話しをするべきか?と尋ねる、「直感」なので、答えはすぐ返る。
Yesなら、光とともに「言え」Noなら暗闇と共に「言うな」実に単純なものなのだけど、これを意識しているのは実に気持ちが悪い。
私のどこが、YesNoと判断しているかまるでわからないからだ。
本心であるのかもわからない、同じことをきいてもYesNoが違ったりする。
まるで毎回おみくじを引いてその結果で動いているのに近い。
以前はこれは「左半身の声」と「右半身の声」と呼んでいた時期があった。
左半身に伝わる感覚は否定的、右半身に伝わる感覚は肯定的、また、その感覚に従わないとロクなことがないという体験談だ。
やがて「兄の声」と呼ぶようになった。
死んだ兄からのメッセージと解釈していたのだ、一時期その妄想は私の心を楽にしたが、今では切っても切りはなせない、奇妙な「直感」というかたまり(おみくじ)になっているようで、嫌だ。

私が、この直感が本当に私の本心なのか、それとも、よくわからない病気の症状なのか悩ましいのは、睡眠について尋ねると、この直感は「寝ろ」としか言わないことだ、やがて鳥の声やら周囲の外音にまで広がって「さっさと寝ろ」と言ってくる。
少なくとも理性の上では意に反している。

睡眠と、生活リズムの問題が、最後の最後まで、私の足を引っ張るのは、実に必然的とも考える。
「病気として自分を深く理解し糧にすること」
「自分を守る病気の殻を外し、一社会人になるよう努力すること」
実にこの両輪が、睡眠中には狂う、起きてる時もちゃんとしているとは言いがたいが、「社会から逃げ、病気に甘えている」と指摘を受けたら、中々苦しいものがある。
この論調で考えられるのは、辛いことだが、睡眠の問題は実にこの指摘に当てはまると思う。
私も様々な時期があって、病気に甘えてる、などと言われたら「あなたは松葉杖をつくひとに、松葉杖に甘えているというのですか」とでも言い返さないとどうにでもならない状況はあった。
だが、今私は、病気としてだけでは解せない問題と向き合っていると思う。

長年の問題だ。
「松葉杖をついて歩くことと、自分で食事をとらないことになんの関係があるの?」と言われたら、言葉に詰まる。
悔しいことに、精神の障害でも、障害を自認する内に余計なマイナス要素を自分の中に取り入れてしまうことがあるように思う。

私の場合、それが睡眠の問題だ。
怠けていると言われても、楽な方を選んでいると言われても否定出来ない。
一方で、病気だと括られても否定出来ない。
どちらかというと、周りには前者にしか見えないから、これが続けば、だんだんに周りの評価は下がっていく。
主治医や、カウンセラーさんは、後ろに寄りつつもその中間を私に考えさせようとする。

弱い自分に負けてしまっていることにかわりはないのだ。
内省的な文章になった。
しっかりしたい。
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by ren_with_parfait | 2015-02-22 18:32 | 暗い日記 | Comments(0)

メモ①

求愛活動解くも虚しく
地獄の業火で嘆き噎ぶ
凡たる男の生涯は
非凡な悪へとすり変わる
無限に続く 闇また闇
光にみえる灯火辿り また闇から闇
何ひとつ報われない生涯であろうか
小さな苦しみに縋り付く小兵
所詮敗れた過去があれ
其処にしか己の価値がないと
喚くは繰り返してきたことが
常なる愚かな鎖であること
よもや知らぬも有りはせず
我が身を裂いても繋げるは
偽り染めた日々の愚問
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by ren_with_parfait | 2015-02-22 03:16 | | Comments(0)

数ページ

息をしていないのか
消えていく懐かしさと
散りばめた嘘が
過ぎ去る侭になくなるのか
お伽話に生きられない
死に絶望してるからこその逃避
絵本の扉の先に何があろうと
価値に乏しき物語が続いてゆく
最初の数ページから私は目を奪われて
きっとこれは幸せな物語だと
死に綴られてしまった
また本がカタカタと言い出したので
勢いを殺して捲った
それが最初のハッピーエンドの道
これまで生きてて良かったことが
出会いとなって現れた
あまりに早すぎ、他にあり得ない5年が
またカタカタと音を立てて閉じていく
あれ。おかしいや。
あと数ページだよ
あと数ページだよ
あと数ページだよ
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by ren_with_parfait | 2015-02-22 02:56 | | Comments(0)

ヂレンマ

本日も過眠。
診察を寝過ごしました。
にしても…いつから重症の精神病になったんだろう?
そして今、自分を重症だと考えていいのだろうか?
明らかに、振り返るにもひどい期間が24〜28まで続いた。
しかし、統合失調症としてのピークは過ぎているように思える。
統合失調症としての、妄想・幻覚は寛解して、元からの経験不足や、悪習慣、甘え、そういったものが前に出ているのではないか?
作業所からのスタートを検討していることも、当分生活リズムを整えながら、図書館通いや、自習などを中心とした生活をしていく気持ちに変わりはない。
精神病を隠れみのにしすぎではないか?
表向きには、普通を装い病気を隠し、裏では自分にしかわからない悩みと奮闘する、何にしてもそれが正しいとは思う。
けど20〜24くらい、恋に燃えに燃えていた頃より、むしろ今の私はいいくらいなのではないかと考えももたげる。
つまり、もう少し前向きに社会的になろうとしていいということ。
多分そうだろう。
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by ren_with_parfait | 2015-02-21 00:08 | 日記 | Comments(0)

7:30起床。
何してたか、えらーさんから借りてる「フランケン・ふらん」読み終えて、新聞読んでパフェの散歩。
師匠がなかなか応答されないので、えらーさんと登山と原宿に行く計画を進める。
原宿ゴリ押し、登山もゴリ押し、よしゃ、アウトドアへの布石は打った。
師匠から応答あり、over.
図書館に入ろうとしたら師匠とバッタリ対面、難しい雑誌借りてる。
「炭酸飲まないすか、Match160円高いなぁ」Match飲む。
図書館で無料配布図書を見ていたら、ちょうどいいくらいに互いの好みの本が見つかる。
また夜ね〜ということで夜合流!
よぉぉしゃぁぁ!!プログレvol.13、okサイン。気に入ってくれた。
「これは大事にするよ」
そこから沢山音楽聴かせてもらった、なんでこの人といると疲れないで、こんなにお金使わないで楽しめるんだろう。
昔は友達の少なさに嘆いてたけど、今は恵まれていると思う。
「ノルウェイの森」をゴリ押しで観るようお願いしたら快諾。
この人は幸せにならなきゃおかしいよ。
あ、忘れてた。図書館ではコーランを読んでた。
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by ren_with_parfait | 2015-02-20 00:01 | 日記 | Comments(0)

起床、14:30。
介護についての話しをする。
初任者研修の資料を取り寄せたが、話しを聞けば聞くほど大変な仕事だとわかる。
部屋を掃除、キレイな部屋はいいね、全てが変わるよ。
いつもの弁当屋で弁当、今晩は鍋。
えらーさんとLINEしてたら19:30、急いでプログレ発掘モードに切り替える。
発掘が終わったら鑑賞モード、おっしゃあ!いい出来だ。
なんつって、Procol Harumがイイね。
荒井由美も影響受けたとか、これでいつでもYuch師匠宅を訪ねられる。
正直、私は安定していても、こんな毎日でいいのかと思う、ベストを尽くさないと、今が幸せでも先がないぞ。
星野源さんのニューCDは思ったより普通だったな、届いてすぐ聞けば良かった。
帳じりが狂うから怠けたくない、睡眠薬回ってヘロヘロだ。
とにかく師匠に感想聞きたいね。
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by ren_with_parfait | 2015-02-19 00:39 | 日記 | Comments(0)

なんちゃって人生

昨日、23:00起床。
1時間起き、今日、18:00起床。
通しで42時間…寝ていた。
一昨日、いい具合に1日を過ごし気が抜けたのもあるが、相変わらずにひどい。
今、風呂からあがったところだが、何ひとつとして自分にいいことがないこの過眠、起きがけに少しわかることがある。
42時間ぶっ通しというが、間に7回は起きている、起きることにも寝ることにも、全く魅力を感じていない、寝れば寝るほど眠りの質は落ち、しまいに気持ちの悪い幻覚のようなものを見だしてボーッとしている。
私の記憶のミニマム宇宙を、ぶっ壊れた思考回路が紡ぎ合わせるロクでもない妄想をつぎはぎした世界を渡り歩く。
思い出せる気もするが、非常にくだらない、本当にどこまでも意味がない夢だ。
思い出そうとするとまた思考のもやが現れて気持ち悪くなる。

カウンセリングの先生が、この問題の解明に乗り出してくれたことが前回のカウンセリングの記憶を辿るとわかる。
臨床心理学のバックボーンを使って考察してもらえるのは実にありがたい。
私も、心理学の本を読んだ直後などは、一時的に思考が心理学的に働くことがある。
わりと、そういう本を読み始めて長いから、ふとしたところで記憶が繋がることはある。
だが、自分の問題を全部自分の力で解析することは出来ない、それでも、私はこの手の知識からヒントを得ないと、自力での問題解決は進めにくいのだけど。

5回目に起きたくらいだろうか、ふと思ったのは、図書館を妄想的に探索する「妄想ごっこ」と、私の「夢への没入」を指し「これには似たところがありませんか?」とカウンセリングで聴かれたことだ。
その時の私は、一瞬とまどい、「妄想ごっこ」の正当性と、「夢への没入」の感覚の違いを説明しようとした。
今考えてもわかりそうにないが、これを近いものと考えるのに理由があるのではないだろうか、きっと聞いてみたら私が頭をひねるよりプレーンな答えが返ってくるだろう。

もうひとつ、6回目起きたあたりで思ったことは、これは「悪い方に自分を持っていこうとする癖」なのではないだろうか、 ということ。
どう考えても、この睡眠をふりかえり愉快なものではなかった、少なくとも理性の上では、「いいことなどひとつもない、最悪の選択だ」とわかっている。その結論が見えていても、また寝るのだ。
「落ちるとこまで落ちられる時に落ちておこう」という願望をムダだとわかっていながら、理性の上で実行したことがある。
その頃の睡眠の質と非常に似ている。

それと、統合失調症の妄想と、この睡眠でみたくだらない夢の数々に似たところがあるとしたら、「記憶や思考の排泄物」であることだ、ある日本の精神科医が書いた統合失調症の本に「妄想はうんこ、あってもたれながしてしまえばいい、うんこをしてなにが悪いのだ」と書いてあったことがある。
この言葉にはとても救われたのだけど、妄想と同じくらい意味を解せない、不愉快なのが、過眠をしている時の夢だ。

だんだんと、出るものがなくなってトイレから追い出されるような感じだ。
こういう話し、というか、診察の主題に長らくこの問題があがっている中で先生が「まるで二人居るかのような」という表現をことあるごとに使っている。
毎回、その話しが出るようでもある。
主治医が繰り返し言う「二人居る」という表現は、治療上押さえておくべき、ポイントなのかもしれない。
この意味を解することが、今の問題の解決に繋がるのではないか。

多重人格という話しでもなく、それが私の病気というわけでもない。
治療を進めていく上で、今、押さえておく必要があることなのだろう。

何にしても、十分なゆとりを私に与えてくれる関係性の中で、私がそれぞれのことに主体的に動き回り、回復することが求められている。

だからといって、その「私」をいじめても、「私」を甘やかしても、いい結果は出ない。
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by ren_with_parfait | 2015-02-16 18:54 | 日記 | Comments(0)

Happy day

今日は充実してた〜。
使ったお金は286円、チョコパイです。
起きる、寝る、起きる、いつものこと、そして起きる、カウンセリング1時間前、よし、飯を食うか、ん、まてよ、鏡をよくみる、は、はなげ。
鼻毛と眉毛を整える?ついでに顔も整える、入院中にO掃除婦によく言われた、「今日は顔を整えないの?」
整えていたら時間ギリギリ、すき家でガングロ兄貴に牛丼注文、あ、216円じゃないじゃないか!かっ喰らい病院へ。
カウンセリングの前に前診、前院長とももひきの話しをする「お前も履いてんの?」え、はい、履くことを前向きに検討してますぅ!
外に出ると熟練男性看護師2名が談笑してた、え、S看護師辞めちゃうの、現掃除婦さんが、辞めないでほしそうなアピール、便乗、何より私自身S看護師がいなくなるのは辛い。
もう、いなくなっちゃったら、看護部長さん以外に、看護師さんで腕の立つ人いなくなっちゃう、「腰を据えてここで治療しようと思ってる者にとってはSさんいなくなるのは…」と話す、あと何回S看護師さんと話せるか…ますます入院したくなくなると言うと、「その方がいいよ」と、京大出身のとても頭のキレる壮年の男性看護師である、あぁ…京大の話し聞く機会はもうないな。昔みたいに潜入してやる。
カウンセリング開始、気づいたこと、一人称「私」が板についてきた、オカマっぽくなくなってきた、オカマっぽさがなくなるのは同時に私の魅力が半減することである。
先生に「昔かかってた東大系の先生はひどい人格でした」と話し「先生のように中途半端に勉強で成功した人のほうが性格がいい」と話すと爆笑。
カウンセリングの先生、笑ってくれるのがすごくいい、「図書館で色んなコーナー見ていたら、各コーナーがオタクだなぁと思いました。心理学を勉強して専門職に就くのってオタクだと思います」というようなことを言うと、「確かにそうですよね」と、はぁ、なるほどなー、学問やる人ってやっぱりオタクなんだなぁと。
カウンセリングでは、かなり活動的で安定しているとの評価「今は目標を増やさなくていいので、記録をつけたノートを次回持ってきて下さい」と。
帰りに友達の家行って友チョコあげるんです〜、と先生と話しながら歩いていたら、Y看護師と遭遇、体格のいい嫌われやすい女性の看護師さんだ、なぜか、カウンセラーさんと二人で看護師さんの体調を心配、顔色が悪かった。
Yuch師匠の家に向かう、お宅に着くと、スピーカー環境バッチシ、お手製フライド皮チキンと、フライドポテト、そしてパンの耳が用意されていた、ワインももらい、お手製の紅茶をもらい、SF映画を一緒に観たり、プログレについて話したり、財布やスマートフォンの紛失回避法も相談、「統合失調症 ぼくの手記」リチャード・マクリーン著に興味を持ってもらうことにも成功、実はこの本、私以上にYuch師匠の体験と酷似しているのである。
いたれりつくせり、実にお金もかからずに、楽しい1日になった、師匠にまたプログレ発掘を任命され、アジアンガレージのCDをもらった。
明日は朝からのラジオ、What's the fundayを聴くのである、カウンセリングでも話したが、私は実に恵まれている。
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by ren_with_parfait | 2015-02-15 00:25 | 日記 | Comments(0)

恵まれないコンドーム

10:30起床。
午前中だ、やった!と思いきや気持ちよく昼寝、起きて、診察に行く、10分遅刻、一番最後にまわされる、へへっ、こちとらそれが魂胆で遅刻したのさ、昨日借りた本を開く、おもしろい。
「最後の授業」北村修著、精神分析とマスメディアの関係性を心理学教授の立場から読み解く本、これは当たりだ、そして診察室へ、昨日図書館で、妄想ごっこをした話しをしたら先生面白がってくれた「そんな遊びが出来るならやっぱり安定しているんだね」、医学的に身体の病気でいう免疫疾患のような、自ら壊滅に向かうような病気、っていうのは、精神の病にもあるんですか?という問いには、やんわりと、見る角度が医学的でないという回答。
まぁ、フランケン・ふらんというメディカルホラー漫画(えらーさんからレンタル中)を見て思いついたことだしなぁ。
終わり、薬待つ、ご指名の薬剤師さんが、「どう、最近調子いいの?」「安定してますが、いい変化もあまりないです」「あっ、そうなんだ」この時点ではまだご機嫌である。
自宅に着く、少し休んで新聞、読み終えると同時にYuch師匠からLINE、明日ひま?ええ、暇ですともぉ!しかし最近師匠と会ってないせいか、LINEに少々ビクビク、しかし師匠にまた明日〜といって薬を飲んだ瞬間どっと楽になる。昨日もそうだがなんだこれ、どっと楽になるってなんだ。この微妙なさじ加減から抜け出したい、診察でも話しに出たけど、健常者と私のような人では「苦しみの質」が違うらしい。「楽しみの質」も違うのだが、妄想しているときの気分を追体験して、図書館で遊ぶのはあの苦しみを知った少ない報酬。「睡眠薬は麻酔のような作用がある」という話しもした、「脳が痛い、心が痛い」のが静まって楽に寝られるのだろうなぁ。
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by ren_with_parfait | 2015-02-13 23:14 | 日記 | Comments(0)