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ちょっと振り返る

今日は6コマ勉強しました。
最後の1コマでユング派の夢分析と、
箱庭についてやりました。

この間の診察で、
セプリオンで作られた僕が、
以前の僕の脳の活動を取り戻そうとして、
情緒や思考にムラが出ている、
それは本来の脳の活動で、
それそのものは病気とはいえない、
という話しを先生とした。

14,15と昏睡というか、
猛烈な不安感に襲われて起きられなくて、
16、昨日は久しぶりに強烈な不安に襲われた。
情緒にムラが出て狼狽した。

結果、交友関係を一回全て閉じて、
勉強に集中することにした、
今月末、単位認定試験だから。

それで、セプリオンの効能は確かなんだけど、
脳の健康な機能までも不必要に抑制しているのを、
脳自身が取りに帰ろうとしていて、
病状も時折激しくなりながら、
新たな調整の段階に入っているということがわかった。

そんな中、今日は、
朝早くからオカンがリビングの掃除をしてくれたので、比較的、楽しく勉強に取り組めた。

最後、ユング派の夢分析の授業を聞いていて、
自分にとって学歴がとても幼い頃から、
価値の高いもので、自分になくてはならないもの、
プライドが根底から傷ついてることだと、
考えるに至った。

よく夢のモチーフに学校や施設が出てくる。

施設は、病院だったこともあるし、
何らかの矯正施設だったこともある。
何らかの歪んだ理念に基づいて、
普通ではうまくやれない、特殊な人を管理して、
半ば逃げられないような環境で、
暮らさせているような施設や、
精神病の重病人を、半ばそれも逃げられないような、
地下にあるようなシェルターで、
カプセルホテル程度の空間にひとりひとり寝かせて、
歩ける人は広場で体がぐにゃぐにゃになって、
お互いに溶け合うようにその環境を受け入れてたり、
施設の場合はそこの理念が気持ち悪くて、
病院の場合はそこに収容されてるのが嫌で逃げたくて、
何とかそれから逃れようとしている夢だった。

これは、
不登校になって新潟のフリースクールに入ったことと、
その後精神病を発症して病院で人権無視を受けたこと、
そういったことが半ば宗教的なモチーフと共に、
夢に現れていて、それが非常な恐怖であったし、
プライドや人権が傷つくことだったのを、
物語っているんじゃないかと考えた。

学校も、大人が通う小学校の特別学級に通う夢を、
よくみた。
大抵そういう学級にも何らかの理念があって、
それを押しつけられて、
それが不愉快で逃げるように夢から覚める。

学校の夢は小学校、中学校、高校、と、
歳を重ねるごとに、実際は何の勉強もしなくても、
進級していった。
起きるたびに「まだ小学校の夢をみる……」と、
嘆かわしい気持ちだったけど、
今は夢の中で大学生だし、
夢の中の自分の年齢も30歳で、
しかも実際より難関の大学で、
悪戦苦闘しているような夢を見る。
その一方で、大学の説明会にいく夢をみる。

宗教的なことを僕はよく語るけど、
夢の中で天使をみたとか、
神と会話したとかって夢はあまりない。
別の父親の元で(母は同じで)、
違う時代に生きている自分の夢や、
時代の違う何らかの大災害の真っ只中にいる夢は、
結構頻繁にみる。

ただ、宗教的モチーフや理念思想に基づいた夢、
程度のものはみても、神話の世界を夢で生きたことはあまりない、
むしろ学校や施設や病院といったしがらみや恐怖から、
逃げようとしたり居心地を悪くしてる夢をよくみた。

だからことの発端は親の宗教にあったというより、
12歳の不登校の時にさかのぼる方がいいのかもしれない。
もう宗教的な不和は解消されてて、
それを現実レベルとの融合で捉えているみたいだ。
ただ、自由になりたい、解き放たれたい、
といった欲求は常に夢にある、
既存の神話や理念が気持ちが悪く、
縛りつけられるのが嫌で、
自分の人生を生きたいのだと思う。

学校についても、
昔は年齢が高校生くらいに戻ったり、
夢の中で強烈な劣等感に襲われることがあったが、
今は30歳の大学生としての自分で夢に出てくる。

不自由を感じる夢をみるのも減った。
神話的なモチーフは夢より微睡みの中でみる。

最近微睡みの中で考えていたことは、
自分が「神を殺す神」になることだ、
「神を殺す神」は、神を殺す力があるけど、
それ以上には何の力もなく、
直接的に神と争うことはない、
その「神を殺す神」の私が、同じく、
神様としての力を吹き込まれた女性と出逢い、
洞窟の中で男の子を産む。
それは「神と闘う神」だ。
神としての力はその子供に全て与えられ、
その子供は力強く体格もよく、
人として生きる美しい存在だが、
常に「神を殺す神であった両親」を守ろうとし、
あらゆる神話上の神と闘い、精神の目覚めを起こす。
「神を殺す神」であった私たち夫婦は、
力を子供に譲り渡して醜くなり、
子供はそれを見るに見かねて、
ピラミッドの中に私たち夫婦を眠らす。
私たち夫婦がその眠りの生活に耐えられるかどうかで、
「神と闘う神」である子供が次の世代、
「神を救う神」を生み出せるかが変わる。
ピラミッドの中には様々な邪神、
醜い心を抱えながら、救いを求めている邪神や亡霊が、
精霊の風通しの中で住まうようになる。
私たち夫婦の中で、イヴのような存在である妻が、
今の眠りから解き放たれたい願い、
私たち夫婦が「神を殺す神」としての力を取り戻したら、私たちはピラミッドの中で二人きりで、刹那の愛を深く交わすことになるが、その後の転生はより愚かな人間になってしまい、神には戻れない。
だが、「神と闘う神」である子が、
様々な神と闘い、既存の神話を壊し、
新たな価値観の先に「神を救う神」を、
子孫として残す時まで私たちが耐えられれば、
私たちは神としての力を取り戻し、
三代目である「神を救う神」……
すなわち世の悪や悪しき神をも救う神によって、
永遠に楽園のようなところで、
神として生きることができるのだ。
そんな神話的なモチーフを微睡みでみた。

これは、私が次世代に自分の魂を残したい気持ち、
自分では果たせない世界を変える気持ちを、
世代を得た息子が果たしてほしいという願望と、
あくまで自分は神と等しくありたいが、
それは叶わないもの、されど神との対話で自由になりたいことを表している。

そして12歳の不登校からの学歴的コンプレックスは、
これは根源的なプライドの傷つきで、
これからの大学生活で徐々に癒され、
より現実的な就労のイメージなどに、
やがて夢はとってかわるだろう。

僕は心の自由を欲しがっていることは確かで、
それが大いに傷ついてきた人生であることは確かだ。
だが今独自の文脈からそれを取り戻そうとしていて、
大学卒業までの算段や、
自立資金を貯めながら卒業する算段も、
無謀でないと思えるところに今の希望がある。

私は快方に向かっていて、
その最中で様々な歪みが生じながら、
何とか人間としてのバランスを保とうと、
必死に生きているようで、半ば頼もしい。

このことを今日のカウンセリングで、
話して厳密に検討出来たら嬉しいと思う。

明日もいい日になりますように。

祈りを込めて。

ぐみぐみ。

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by ren_with_parfait | 2017-07-18 02:12 | 大事なこと | Comments(0)

ぼやき

嫌な自分に、
逢わないようにできたらな。

暑さのせいか、調子がずっと出ない。

人が体調悪いのは、心配したり、
それみたものか、と思ったりするくせに、
自分の体調を、整えられなくて参ってしまう。

多めに寝てるのになぁ。

パフェの散歩にも一ヶ月くらい行ってない、
行かなきゃ可哀想なんだけど、
勉強も出来てないから、しょうがない。

これでも良くなったんだけどな。
体調悪くても死ぬほどじゃないし、
多少は自分に厳しい目を向けられるようになった。

でもそうすると、人にも厳しくなるのね。
やだね人間って。

人の不幸は蜜の味、なんてことはないけど、
ちょっと気にくわない人が挫折してると、
今のうちに差をつけてやろうなんて考えちゃう。

嘘をつけないから、
下手したらそう思ってるって言っちゃうかも。

やだなぁ。
ぼやいてるけど、
やることはやらなきゃな。

地道な一歩一歩でしか、
何も出来上がるものなんてないんだから。

一歩が重たいなぁ。
何せ暑くて。
クーラーは半分くらいしか効かないし、
体調不良の原因も正直分からない、

でもおんなじ部屋で、
パフェが「ヘッヘッヘッヘッ」って息してるのを、
聴いてるとなんだか癒される(笑)

なんだろうこのヒーリング効果、
ヒーリングミュージックよりずっと癒される。
パフェの「ヘッヘッヘッヘッ」は、
これは必死に暑さに耐えてる証だからな。

なんだろう、吐息すらけなげというのかな(笑)

小さな一歩はいつも大きな一歩なんですよね。
積み重なれば大きな一歩になるから、
小さな一歩を続けることが、何より大きな一歩。

天才が陰でしている努力がどれほどのものか。

それは大変な努力をしているはず。
だったら自分はその半分でも努力して、
平凡な成功を自分のものにしなきゃね(^-^)v

パフェのことすらたまにうっとうしくなるけど、
このヘッヘッヘッヘッ、は、
何にも代え難いなぁ、パフェが生きてる証だからなぁ。

きっとすごい暑いんだけど、
犬は我慢の子だから、じっと耐えて、
ヘッヘいってるんだと思うと、
よし、お兄ちゃんもヘッヘ言いながら頑張るか!

って気になってくる。

人って複雑なこと沢山してるよねぇ、
二本足で立って、指や首や腰とかバラバラに動かして、
機械使ってみたり、乗り物で移動してみたり、
一人一人に合わせて話し方を変えてみたり。

だから色んなことが出来るけど、
本来はこんなに色んなことが出来るのが凄くて、
その上に何かやっちゃうって、
成功とかしちゃうって、めちゃくちゃ高度なこと。

だから、一生懸命生きていられたら、
小さな一歩を着実に踏めてれば、
あるいは本当に体調が悪いなら、
けなげに息をしていれば、それだけでいいと思う。

パフェにこれ以上何かしろと言えないし、
パフェと自分にどれほどの差があるというんだろう?
って思う。

パフェからしたらお兄ちゃんは凄いんだよねぇ。
よく分からない出来ないことやっちゃうし、
宅急便を返り討ちにして荷物奪いとっちゃうし(笑)

だからなんだろう、
何かこう大きな成功のためだけに、
がむしゃらにやるのって、
若ければとっても大事だし、
歳をとったら尚更根性ないと、成功しないんだけど、
成功だけを価値観に置いて、
それが出来ないと自分を責めても、
多分いい結果にはならないと思う。

自然体で頑張って、
それでも足りないところは、
本質的に足りてないから、
10年、20年の積み重ねで足りてないこと。
それを1年とか半年で十分な状態にするのは無理で、
それだけ病気が重かったと考えて、
ここから何が出来るだろう、
と思いながら、また10年、20年積み重ねていくしか、
ないんじゃないかなぁ。

売れない小説家とか、
売れないミュージシャンとか、
そういう人に憧れるけど、
僕も3年くらいめちゃくちゃな詩を書いたかな?
上手くなったと言われるようになったけど、
作家さんとか作曲家さんが、1年2年で、
出来あがったわけじゃないんだよね。

なんかそんなことを思う、
元から才能があって、それを諦めないで、
血の滲むような努力を積み重ねてるんだな、って。

だから14歳から病気をして、
足りてない、そこに届かないのは、
しょうがないというか、
それでも出来るような素晴らしい人間じゃないから、
今から、死ぬまでに出来ることだよね。

僕はやっぱり「恋」ってみんなに呼ばれてるし、
「恋」が自分のエネルギーなんだと思う。
それ故に壊れちゃったんだけど、
壊れたガラクタにも、キレイな部分ってあるから、
それをどーにかこーしか伸ばしてあげて、
「一応、こんな感じになりました!」っていうのを、
目指していかなきゃなって。

心の中では、
「ちくしょう、今に見てろよ」
って悔しさはずっとあっていいし、
ないと成功できないと思う。
それこそ歯を食いしばるような悔しさとか、
泣き崩れるほどの悲しさとか、
どこか壊れているところがないと、
その人らしい美しさってないと思うから。

だから、ぼやいてるだけだけど、
小さな一歩を小さいと思わないこと、
無駄なことなんてないと思うようにすること、
囚われない心が一番前に進めるって、
ある意味流れに身を委ねることかなって。

自分がホントはすごい人になれて、
そうなるべくして産まれたのなら、
どっかで絶対そうなるはずだから、
後ろを見ないで、前だけを見て、
死んじゃうようなことをしなければ、
それはきっと叶うはずだから、自分を信じる。

長くなったけど、
今日のぼやきでした。

今日がこれからいい日になりますように。

祈りを込めて。

ぐみぐみ。
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by ren_with_parfait | 2017-07-12 13:59 | 大事なこと | Comments(0)

もー忘れよう!

このブログ読んでる人も、
忘れてください。

元はと言えば僕が、
『美しい精神』なんてムチャクチャを、
言ってドン引きされただけのこと。

該当記事は非公開にしますし、
僕はもう忘れちゃいます。

だって勉強に集中しないと、
単位認定試験も近いし、
作業所探しも、また寸断だし、
このブログやめるのも、
そんな必要は全くないと思うから。

ちょっと読んでくれた人には、
嫌な思いさせちゃったかもしれませんが、
診察で打ち明けてスッキリした!

『最弱』の僕が生きていくには、
こんなことで煩わされていてはいけない!

東京シンクパレットは、タイトルこのまま、
明るい話題、楽しい話題を届けよう。

『美しい精神』はもう言いません……。
誤解されちゃうから、何か言い方を考えなくちゃ。

僕の現実は、
単位認定試験と作業所探し、
それに創作、
ブログでの人間関係で挫折したけど、
別に誰も嫌いになってないし!

一瞬若い頃のエネルギーが戻って
やんのかコラ!みたいな気持ちになったけど、
僕のウリは『最弱』であることだから、
それはイカンイカン。

ってわけでお騒がせの件は忘れますし、
該当記事は非公開にします。
パフェとの楽しい日常や、
これから育てようとしている植物のこと、
そんな楽しい話題をお届けしますね。

当事者の方もブログやめなくていいです。
該当記事は非公開にするし、
当事者の方と関わりのある方とは、
一線置くから、好きにして下さいなのです。

ただ僕は、疲れるからもうゴメンだけどね( ̄▽ ̄;)

インスタでも公開したけど、
オーダメイトのスカジャン届きました!



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なんか女の子の着るスカジャンみたいだけど、
おっさん化した今の僕に似合うかな。
これを着れるように、シェィブアップするぞ!

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この頃の僕なら、それは似合ったことだろう。
尊敬するバンドマンのオヤジたちみたいに、
ちょいいけオヤジに俺は、なる!

まずジム通うお金貯めなきゃなぁ( ̄▽ ̄;)

相変わらずダメ人間の恋ですが、
最後に、
僕は美しい精神など持ってないけど、
美しい精神の人が好きです!
そして、そういう人に近づけたらな!

今日はまだ明るいけど

悪いことしちゃったし、このへんで、
気持ちを切り替えて勉強に戻ります。
『最弱』であるからには『文化人』を目指さなきゃ。
そんなことを先生と話しました。

それじゃー!

皆さんに素敵なことがありますように!

祈りにかえて。

ぐみぐみ。
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by ren_with_parfait | 2017-06-22 18:06 | ぶつくさ | Comments(4)

主訴のない悩み

起きて、また寝て、
お昼頃。

明日がゼミで、
その事で気分がネガティヴ、
相談に乗ってくれそうな友人に電話をかける。

気分は晴れたが、パフェの散歩に行く気力がない。

そのまま横たわったまま、また気分が憂鬱になってくる、
詩を書いて気を紛らわそうとする。

気分は晴れたが、パフェの散歩に行かなかったことで、
今日一日はもうダメだという感覚が離れない。

レート君に手厳しいことを言われる、
大学は無茶だったんじゃない……と、
なんて酷いことを言うんだと思った。

藁にもすがる思いで、誰かに助けを求めたい、
でも何が苦しいんだかすら特定出来ない今の心を、
搔き乱すのに十分な言葉だった。

そこから色々と悩んだ、脳の活動は落ちたまんまで、
臨床心理士なんて、悩みのはけ口に利用されるだけで、
実際なんにも出来ないんじゃないか、ってことさえ考えた。

レート君にしても、他の人にしても、
カウンセリングの真似事が役に立つと思って、
やってしまった場合は必ず後でひどい仕打ちを受ける。

自分の話しをしたいだけで、こっちのことはどうだっていいのだ。
それでもいい、今は素人でやっちゃおうとするから、
こうなるだけだと思う。って思う。

問題はこのどうしようもない倦怠感だ。
無理やり動いてしまうのはいいことには思えない、
何か薬が悪戯をしているんじゃないか。

勉強のしすぎ?友達関係を減らしすぎ?

主訴がない。どこに源泉があるのかが分からない、
不毛な苦悩がずっと自分を取り巻いている。

仕方なく睡眠薬を6時を前にして飲んだ。

寝ることも何ら自分に希望を与えてくれないのだけれど、
首を吊らないにせよ、それに準ずる解決方法が何もないのだから、
もうそうするしかなかった。

これが一過性のもので、しっかり休んで、
勉強のやり方を間違えなければ、軌道に乗っていけるものだと思いたい。

本当にこの苦悩は原因不明だ。
ひとつ考えられるのは、統合失調症を長くわずらって、
色んな考えの要素と要素の結合がメチャクチャな私が、
勉強をそのまま無理やり詰め込んだから、それがもう、
心の深いところではひっちゃかめっちゃかになっている、
というのが考えやすい。

それと、えらーさん、親友だったけど、
5月に距離をとりはじめて、昨日連絡が来て、
最悪の気分だったから、11月中旬までは連絡とらないよ、
あるいは君が俺の替わりを見つけるかもしれないし、半永久的にかもね。

といった、柄にもない半絶縁宣告をしたことだ。

これは意味のないことじゃない。
でも彼と酒を飲んで下らないアニメをみてくっちゃべるのは、
ストレスのようでストレスの発散にもなっていたようだと思う。

それでも発言を撤回しようとは思わない。
というか、撤回した後の道筋が見えない。

今は勉強で疲弊した頭を何とかリカバリーして、
日常生活にもう少し楽しいことを増やしていくことで、
何とか軌道に乗ることしか考えていないし、

11月の中旬には作業所もある程度続けていけるようにしたいし、
その段取りは踏んでいる。

一見すると大した問題はないし、私の苦悩も、
以前のように命を脅かされるような激しいもなじゃなくて、
原因不明でただ苦しい、原因が分からないから、手のつけようがない、という気持ち。

誰かに相談をしようにも、こんな入り組んだ問題は相談が出来ないし、
迷惑をかけたくないから程ほどにしてしまう、
私の日々は淡々としていて、苦悩も猛烈な威力ではなく、
ただ頭がパンクして動かないという、非常に地味な苦しみばかりだ。

今日はもう寝てしまおうと思うけれど、
色々とバランスを本当に考えないといけない。

「一応、今は元気にやってます」
と言えるような、そんな安定感を目指している。

そのための道筋も、困難はあるけど確かに見えているはずなのに。
あまり体験したことのない類の苦しみ、
原因不明の苦しみ、解消しても、解消しても、次々に頭を重たくする苦しみに、
誰かが慰めて切り込んでくれないものかと、本当に寂しい想いをしている。

私は今の私のことをすっごい地味だと思っている、
地味な努力を最低限だけしていると思っている、
でも気分のいい時によく見渡してみると、私の活動水準は上がっている。

だから、ダメな日はダメだし、
ダメな日は必ずあるし、理由が分からない場合もある。

今は明日のゼミになんとか出席することを考えて、
もう寝てしまうことがいいのかもしれない、気分転換にアニメでも観るのがいいのかもしれない。

何かが無意識の中で混乱しているのは確かなんだけれど、
ゼプリオンという薬は私にとって無意識を見ることを難しくする。
だから平凡淡々と日々を送れるけど、いざ問題に直面すると主訴が分からない。
どこからその苦しみが来ているのかが分からない。

もしかすると四面楚歌になっているのかもしれない、
私は時々嫌な性格の私が表に出てきてしまうことがある。
人として好かれないような、侮蔑を受けるような私が出ているな、
と感じることがある。人間性の低い私だ。

そういった私が、今誰にも助けを求められない、
理解者がいない状況を作り出しているのかもしれないとも思う。

しかしもうこうなったら寝るだけだ、
あるいは睡眠薬を利用して勉強を1コマでも2コマでも進めることだ。

正直なことを言うともっと力強く私の人生を引っ張ってくれる人がいたらな、と思う、
私は情けないことに優柔不断で、誰かのアドバイスがないと中々前に進めない。

しかし私で決めた人生は私が歩まないといけない、そうだな、
放送授業を何コマか聴いて寝ることにしよう。

睡眠薬の効果で気分を持ち上げるのは本当はしてはいけないんだけど、
この際仕方がないことだ。

そういうわけで、
生暖かく見守って下さい。

明日もいい日になりますように。

祈りを込めて。

ぐみぐみ。

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by ren_with_parfait | 2017-06-12 18:13 | ぶつくさ | Comments(0)

言葉をたれながす。
今思っていることすべてをたれながす。

音楽がしたい。
バンドがしたいわけじゃない。
でもバンドもしたい。
ギターを弾きたい、
作曲をしたい、練習を続けたい、
理論を学びたい、ピアノが欲しい、
音楽で少しだけ評価を上げたい。
理由は文章に頼るのが嫌になったから、
文章に頼るのが嫌になったのは、
一晩悩んで考えたことをカウンセラーの先生に書いて持っていったら、
「口で話してもらえますか、恋さんは文章は得意なので」と言われて、
すっごい悔しかったから。

文章だけしか取り柄がない自分が本当に嫌。
一回、平均の水準まで落ちた文章力なんかをいくら鍛えたって、
私の理想になんて絶対に絶対に届かない。
それにもう詩は完成した。
評価なんてほとんどないままに完成した。
だから少し詩を書くのを休みたい。

でも何か表現していないと、自分が認められた気がしない、
だから音楽をしたい、したいけど、やってきてないから、
気の遠くなる作業をしないといけない、
ひたすら打ち込みをしてもいい、ひたすらギターを弾いてもいい、
でもしたいのは作曲だから、ひたすら打ち込みをした方がいい、
ギターの技術なんて本当はどうでもいい、やれば楽しいんだろうけど、
作曲がしたいだけ、だからギターが上手くならない、練習しない、
ドラムだって仕方がなくやっただけ、作曲がしたかっただけ、
だからドラムも学校で一番下手だった。でも作曲はしたい。
作曲したものを評価されたい、ちゃんとアマチュアって呼べる作曲がしたい。

勉強は疲れた。嫌いになりそう。
まだ大丈夫だけど、これ以上紺詰めると勉強嫌いになりそう。
でもやらないともっと嫌いになる、ちょうどいいくらいにやりたい。

作業所の件と単位認定試験の件が重なるのがしんどい。
考えの中に仕事をすることが入ってくると、一気に重くなる。
ゼミでまともに発言出来る気がしない、
頑張って自己紹介したのに「あなたのプライベートは興味はないですけど」
と言われたのがショックだった、だって自己紹介だろ。

私は崩れた。
詩で積み上げてきた塔は、てっぺんまでいった。
終点までいった。ひとつの終点、終点は沢山あるから、
まだまだ書いていきたい。小説も書きたい、戯曲も書きたい。
演劇の脚本を書いたりとか、何とか文章を人生の糧にしたい。

音楽もアマチュアレベルのものをしたい。
どうしてもしたい、

私は数学を初等科までしかやっていないから理論的な構築が出来ない!

どうしたらいいんだろう。
今はフルニトラゼパムが効いてる。
気分がいい。
効いてなくても別に病的じゃない。
ただのつまらない男、醜い男、ろくでなしの30歳。

私の人生には、
心理学・音楽・文芸、しか要らない。

これをサンドイッチして楽しく生きていきたい。
文字通り楽しいのがいい。

友達付き合いも誠意をもってうまくわたっていって、
人を傷つけたり不快にさせない関わり方をしていたい。

でも私は性格が悪いから人を不快にさせる。
そんなのは嫌だ。

ブログで一生懸命自分をカッコよくみせてる。
でも実際はカッコなんてついてない、そんなのが嫌だ。

だから、起きたら、明日起きたら、
勉強と音楽と文芸のサンドイッチを、
しっかり構築していくために、それぞれを鍛えていかないといけない。

そうしたい、次のステージに行きたい。

詩は思いつく限り無限に書いていきたい。
音楽は何とか音楽的情緒を鍛えてアマチュアの域に達したい。
詩だけじゃなくて小説も書くために小説も読みたい。
勉強は大学のテキストだけじゃなくて参考文献を夏休みに読みたい。

ここまでやってやっと本当の達成感がある。
でも中々思うようにいかない。いつもずっとつまづいてる。
理論的にどうすればいいか分かれば、感情の整理もしやすいけど、
そういう知能が発達していないから本当に困る。

効率を求めたい。
効率が楽しさを産みだす好循環を作りたい。

だから、朝起きたら、部屋の片づけをして、パフェの散歩に行く。
それでリフレッシュして、勉強をする。
勉強をした後、本を読んで、詩を書いてみる。
毎日何らかの形で音楽に触れる。
ゆっくりだけど組み合わせながら何とかそれぞれを嫌いにならないようにしたい。
達成したい。

あとちょっとなんだ、あとちょっと、
あとちょっとで軌道に乗るような生活が出来るような気がするんだ。

ブログだったらイイネ沢山ほしい。
詩につくイイネが増えてくると嬉しい。
エブリスタでスター投げられると嬉しい。
それが評価だから私は素直に嬉しい。
でもイイネもスターもないと、私の存在が否定されている気がして辛い。

イイネもスターも強要したくない、
色んなブログにお邪魔にいって、交流を深めている人はイイネが多い、
でも私にはそれが出来ない。みんなと同じようにうまく世界を広げられない。

でもこの先のことは少しだけイメージがつく、
淡々としながらも、創作にエネルギーを燃やす、
創作は何もないところからは出来ないから、日々訓練を続けていく、
それで旅行に行ったり、友達と遊んだりしてより情感を鍛えていく、
詩も音楽も練習しないと衰えるから、常に一定の時間を毎日やっていく。

勉強はうまく嫌にならない程度に楽しんでやる。
楽しめない範囲については卒業が遅れてもいいから、ある程度流すようにやる。

何とかして作業所をはじめて、学校と両立していく。
その状態で趣味の方も何とか習慣づけて、好循環を作る。

勉強で疲れたら、詩を書く、
言葉に頼るのが嫌になったら、楽器を弾く、
楽器が上手くいかなかったら、小説を読んだりする、
そういう気力もなかったら、友達と遊ぶ。
水面下で作業所探しを進めていく。
私にはキャパシティギリギリのことだけどなんとかやる。

私は何度も言うように立派なことがしたい、
それは何か、悟りを開いたような、奥義を手にいれたような、
そんな己惚れからくることじゃなくて、本当に人にいいと思われるようなことがしたい。

天才は人にどう思われているのかなんて考えないのかもしれない。
でも私は人の心に自分の作品を通じていいものを残したい。
人との対話の中で、人の心に幸せな時間が増えていくように、
優しい心や真摯な心を失いたくない。

それが全て達成できないような状況は非常に歯がゆい。

だから何とか好循環を作る。自分はこれをやっていれば、成長していける。
そう自信を持てる好循環を作る。

明日からそれをうまくやる。
今日は何も食べてないから、弁当を食べて寝ようと思う。

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by ren_with_parfait | 2017-06-10 00:10 | ぶつくさ | Comments(0)

そう告げてはじまった2017年が半分来た。
早いです。

TwitterのようにBlogに呟くのも良くないかもしれないけど、
書き留めておきたかった。

私の一生に欠かせないこと、残された時間。

それを考えると、余計なことはしていられない気がしてきた。

生半可な気持ちで通用する世界なんてない。

・心理学
・文芸
・音楽

私にはこれさえあればいい、逆をいうと、
これだけは、捨てていくことが出来ないんだと思う。

どこまでもこのために生きていかないと、
死ぬまでに、自分が欲するようなところへ辿りつけるはずがないと思う。

2017年も半分まで来たけど、私の生涯も半分まで来た。

時間はあるけれど、あっという間に過ぎる。

それに、私の目標は高い。
心理学であれば臨床心理士になることであるし(元々は精神科医になりたかった)、
文芸であれば作家になることであるし、
音楽であればアーティストと同じだけの価値を産みだすことだ。

心理学の領域はとても幅が広いということが分かってきて、
臨床心理学以外の分野も学ばないと、専門性が身につかない。
そのために読む必要のある文献は何千冊もある。

文芸と音楽は、15際の時にはすでに心にあったことだ。

文学も幅が広い、活躍の場も分野も、かける時間も、読むべき本も、すべて。
文章力を鍛えるための訓練も、すべて。
一生かかっても文芸で何かに到達するなんてのは途方のないことだ。

音楽で、アーティストと同じ価値を産みだすのは、
要するに、趣味で音楽をやるアーティストを目指すことに他ならない。
アマチュアのアーティストになるということだ。
楽器の練習も、音楽の理論も、何もかもが途方もない。

心理学・文学・音楽、そのどれも私が諦める日は多分来ないと思っている。
いや、諦めたら私の生涯は決して完成しないと思う。

でも、他のことは切って捨てられる。

これだけは残る、心理学・文芸・音楽だけは。

だから、多分私にとって仕事というのは、
自分の経験として、心理学・文芸・音楽に、
有利に働くものをただ選択していけばいいのだと思う。

仕事に就くためだけに、膨大な勉強をして資格をとるようなことは、
多分私の生涯にとって必要のないことだと思う。

とりたい資格はある、ITとか法律とか。
でもそれは私が専門にしたいことじゃない。

役に立つと思う、楽しいと思う、
仕事に出来たら嬉しいと思う、けど、そんな時間はないと思う。

だから、苦労人になるかもしれないけど、
自分が心からやりたいことだけのために、
職業はそのために役立ちそうなもの、膨大な勉強を必要としないものから、
必要に迫られ、選んでいくしかないような気がしてきている。

いくら削ぎ落しても削ぎ落しても、
気持ちは膨らんでいってしまう、悪い癖だ。

でも、限界まで諦めても、諦めきれないことがある。

貧しくてもいい、可能性に乏しくてもいい、無謀に思えてもいい、
お前には無理だと言われてもいい、
けれど「いい歳なのに何やっているの」と言われない程度のメンツさえ保てるなら、
後は何やったっていいと思っているし、
こんなの、誰にも理解されなくたっていいと思っている。

私は死ぬ。
あと30年もすれば間違いなく死ぬ。
それまでにしたいことは、
心の底の、どんな底を掘ってみたって、
どうしてもなくなりはしない。

ぜんぶ、大変な作業。
ぜんぶ、途方もない作業。
ぜんぶ、どこまでやるかというのは無限大。

毎日、絶望して、自分が嫌になって、
苦しんで、自分を情けなく思って、その繰り返し、
繰り返し繰り返し嫌になって嫌になって嫌になって、
それを続けないと達成できないことだというのは想像がつく。

そう、しかも想像がつく程度にしか、
これまでの生涯で進んでいない。
じゃあ、諦めたら、もういいじゃん、諦めちゃいなよ。

と言われそう。

私はそういう言葉に負けたくない。
そういう言葉に負けるのは何の意味もないと思うから。

人に言われたことをやって、やれるのか、といったらやれやしない、
自分で心の底からしたいことしか、やっぱり出来ない。

それ以外のことは全部捨てて、
自分のしたいことの中でそれ以外のことを全部実現するくらいじゃないと、
本当の意味の結果なんてない。

自分の専門を行きたい、苦労人になってもそうしたい。
短い生涯を人の目だけを気にして生きたくない、
いや、人の目を変えてやるんだ、大人なところは大人になって、
子供なところは子供のままで、やることをやって……。

だから、そうしよう。
ふわふわしていたらいけない。

コレだ、ふわふわしていたらいけない。
地に足をつけなきゃいけない。

コレだ。
それが心理学・文芸・音楽で、
私はそのためにやっている、
と、自分自身で肯定出来るようでありたい、
自分を肯定しながら、常に否定できるようでありたい。
どんな強い否定にも、更に強い肯定で返し、
どんな強い肯定にも、更に強い否定で励めるようでありたい。

それが私が選ぶであろう生き方、
今、見えている理想の自分の在り方、
大変だけど、励んでいきたい。

明日もいい日になりますように。

祈りを込めて。

ぐみぐみ。

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by ren_with_parfait | 2017-06-01 17:25 | ぶつくさ | Comments(2)

不安だ

ここで人生を諦めてしまうんじゃないか、
そんな気がしてならない、

ああ、ワガママを言っているだけなのかもしれないな、

苦しくて、

死ぬ人もいる。

それがどんな苦しみかも知らないで、

私は、ただ、生きているのがあまりにおそろしくて、

こんな日常がもう耐えきれなくて、

そんなことを言っているだけなのだから。

ただ、私に尊厳はありますか、

はじめから、人として壊れている私に、

どこに居場所がありますか。

この世界ではもう、生きられない。

大丈夫、言ってるうちは死なないから……

「逝こう」っていっていけるなら

とっくにそれを選んでる……その方がみんな幸せなんじゃないかって

気はするけど……今は朝までどうやって生き延びるかを考えているから

大丈夫だよ、まだ、本気じゃない

本気の人が、今もいるってこと、それが、心配だよ

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by ren_with_parfait | 2017-04-07 21:44 | 暗い日記 | Comments(2)

暗い日記になります。

私の人間としての機能は衰えました。
今朝、起きて、何時に起きたかを覚えていないまま、
何をしようか、どうしようか、
気持ちが煮え切らないまま、先生に手紙を書き、
やっとの思いで家を立とうとしたとき、
トイレに行きたくなり、服を汚して、急いで着替えて家を出た。

バスが来て、半ば気持ちはソワソワしたまま、バスに乗った。
ブログを書こうと思っていたけど、途中まで書いて、やめた。

「考えてもしょうがない。やるしかないんだ」

どこかに気持ちを吐き出したかった。
多分、書いていたブログは、自分の居た堪れない気持ちを、
吐き出して、自分の気持ちを整理したかったんだろう。

今もそうして書いている。

病院に着くまで、気持ちはグラグラ揺れていた。
街全体から置いてきぼりにされているように感じた。

自分以外の人はみんな、しっかりと人間として機能をしているのに、
何か自分だけが空気に溶け込まないで、空間をきちんと把握出来てないような、
そんな感じがした。

喫煙所でタバコを吸って

「今年の春はこんな感じか、春になると、街の雰囲気が変わるな、覚えたぞ」

と、気持ちを切り替えてホームに向かう。
駅の中で、すれ違いざまに子供が泣き出した。

明らかに私が不気味で泣いていたようにしか思えなかった。
バスの中で私に冷や汗をかかしたガラの悪い男女二人組が気になった。

あれは、何だろう?
バッカーノというアニメに出てきた、アイザックとミリアみたいなものか、
いや違うな、あの二人が幸運を振りまいているとは思えない。

電車が来たから、電車に乗った。
病院に着いた、パニックになってペットボトルを落っことした。

先生に話そうと思っていたことが、頭の中で二転三転して落ち着かなかった、
常にソワソワしていた。

パニックだった。
頻繁にタバコを吸いにいき、頻繁にトイレに行く自分が異常に思えた。
いつもそうなのだけど、これを直せるかどうかと考えたら、気が遠くなった。

研修医の先生、見慣れない患者さん、妙にザワつく病院、
なんだか処刑台にいるような気分だった。

気持ちを一旦落ち着かせて、また急いで考えを整理して、その繰り返し。

「言葉なんてのは発した瞬間から過去になっていくんだよ」

誰に言われたわけでもないそんな言葉が思考を遮った。

そうだよ、けれど、俺はこれから自分のことを振り返ったり、説明しないといけないんだ。
それがさして高度でもないこと、誰にでも出来ることなのはわかってる。
俺にとっては重要なんだ、ソワソワするし、パニックになるんだ。

そんな気持ちだった。

過去のことを振り返りたくない気持ちがあった。
曖昧にして終わらせたい、色んなことを考えるには気力が足りない。

だから「色々考えましたけど、出来ることをするしかない」
そう言おうと思って、当面の不安を回避した。

重症の患者さん、やる気のなさそうにスマホを弄る患者さん、
何やら病院の体制について話し合っている近寄りたくない患者さん、

そして、必ず診察の一番最後に回されている私。

自分はなんなんだろうと思った。
若い研修医がウロウロしてるのが、とても屈辱的だった。
総務の男性が、同じく総務課の部下と話している口ぶりが、とても屈辱的だった。
見学に来ていたのだろうか、病院の裏から出てきた学生の女の子たちがあまりにも若いのが、屈辱的だった。

先生との診察で手紙を渡した。
私は「色々考えましたけど、ここは変わらないと思います」と思って手紙を渡した。

先生の言っていることがよくわからなかった。
理解できなかった。

自分の頭脳が極端に劣っていることを、見せつけられている気分になった。

先生は「人生に後悔していない」という下りが好きだといっていた。
だけど、そう考えるには早すぎるとも言っていた。
色んなことを諦めて、勉強なら勉強で絞って何かに取り組まないといけない期間が、
人にはあると言っていた。
社会的な役割が必要だという話しをしたら、
そういう事はとことんいい加減にしておきたい人がいると言っていた。
35歳の壁を認めた、先生の言いたかったことが未だに分からないけれど、
私は「ここで頑張らないと、もうあなたの望む見込みはないかもしれませんよ」
というニュアンスを先生から汲み取った。
先生は病状はあると言った、今のままでも構わない、プレッシャーをかける気はないと言った。
私は胸につっかえていることを先生に言えなかった……2時間も待っていたのに……。

電車で帰るのは嫌だった。
診察で気持ちが晴れなかった時は、
家までの道のりがとても長く感じておっくうになる。

電車の鐘が鳴るのをきくと、飛び込んでしまいたい気持ちになる。
人がみんな、自分を気持ち悪いと思っているように感じる。
自分だけが周囲に溶け込めない、空気を読まない振る舞いをしているように思える。
叫びたくなる「俺は障がい者なんだ!!!」と叫んで、人生を終えられたらどんなにいいだろうと考える。
そういう自分を抑え込んで、フラフラしながらホームを下りる。

階段を走ってきた男性に気づかないで、ぶつかりそうになる。
何度も、何度も、人にぶつかりそうになる。

電車の中で考えた結論。
「バスが来ていたら、バスに乗ろう、来ていなかったら、歩いて帰ろう」
それに従ってバスに乗ったけど座れるところがない。
立っていると、座っているより余計に気疲れする。もう耐えられない。

整理券を持ったまま、バスを降りて歩き出す。
人が私を見て怪訝な顔をする。
どこに目をつけてるの、と、すれ違う人や車が言っているように思う。

歩いて帰りながら、先生に言われたことを思い出そうとする。
パニックが先に立って思い出せない。
ただ分かるのは、駅から歩いて帰るだけのことが、私をひどく不安にさせ、
苦しめ、自信をなくさせ、パニックにさせ、最終的に自分はもう人間ではない、
人生はもう終わろうとしているんだ、というところまで考えさせてしまう。

前から男二人組が歩いてくれば、ボコボコにされるんじゃないかと怖くなる。
前から女二人組が歩いてくれば、セックスアピールを自分がしているんじゃないかと怖くなる。

信号が読めない。
青信号を渡れば、車にぶつからないのはわかる。
けど、車にぶつからない自信がない。
自転車に何度もぶつかりそうになる、人にも何度もぶつかりそうになる、
信号のないところで車が通ろうとしてると、自分の交通常識がわからなくなる。

我慢できずに歩きタバコをする、とても迷惑そうにされている気がする、
歩きタバコが原因で今にも殺されるんじゃないかという気がする。

もう私は人間ではないかもしれない

というタイトルで日記を書いてみようと思う。
自分の暮らしている部屋が、人間の住んでいるそれであることに驚く、
数日前に書いた日記が、人間のそれであることに驚く。

分かってた、分かってはいたけど、
単にパニックになっているだけだって、
先生の言うように、調子が落ちているだけだって、
分かってはいたけど、
今日の私に、若い時の私の勇ましさはどこにもない。

私を覚えている人がいないと思うと寂しくなる。

あんなに、精一杯、頑張った、
あの日々には帰れないと思うと死にたくなる。

私の時計はそこで止まって、日に日に衰えていく自分、
特に今日みたいに気が触れたような日があって、
先生にも、慣れた調子で、耳の痛いことを言われて、
慣れた調子で、ここで人生を諦めてしまったら、
もう見込みがなくなるというようなことを言われた気がして。

先生は「プレッシャーを与えるつもりはないんだ」と言っていたけど。

ああ、今も、部屋が静まりかえっている内はいい、
救急車が通るのがいやだ。

自分の犯罪を知らせて、今すぐ殺戮部隊を家に送り出すサイレンみたいだ。

残念ながら私は病気だ。
重病だ。

これから乗り切っていける自信がない。
どの口をもって自信があるなんて言えるんだろう。

道路を歩くことも、まともに出来ないのに。

ただ「恋くんは化けるよ」とえらーさんが言ってくれた。
その分厳しいことも言われたけど、
正直厳しいことの方が印象に残って、ネガティブになるきっかけになったけど。

自分は愚かだったと思う。

自分は病識がしっかりあって、どういう病気なのかをよく理解していて、
それに対処する術も知っているような気がしていた。

でも気がついたらいつも終末期医療の扉を開いている。

いや、こんなブログを書いている時点で、まだまだ人間としての機能は、
十分残っているのかもしれない。
でも、いつか私は人間の形をしていられなくなるんじゃないかと思う。
関節と関節の間がドロッと溶け出して、人間用の洋服には服がおさまりきらなくなるんじゃないかと思う。

私はもううんざりだ……。
まだ若いのに、人生の終わりを感じているのなら、
とっとと死んでしまえばいいのかと思う。

よく休み、よく運動して、やることをやろう。
最後の最後まで生きてみよう。

ただ、ブログでネガティブなことを書いたとしても、
その権利までも奪うのはやめてくれ。

私を迷惑なやつ、鬱陶しいやつと思うのは勝手だ、
私だって、あまりにメチャクチャな障がい持ちの人のネットでの発言はイライラする。

私の実に終わっていることは、私自身が障がい者で、
人に迷惑をかけているのに、私を含めた障がい者全員に差別意識があることだ。

どこに行ってしまうのかわからない。
この人生はどこに辿りつくのだろう。
悲惨な死に方をしない方がよっぽど珍しいように思える。

克服……そこまでたどりつける精神力は、到底残っていない。
そして、私のことを考えてまたパフェが悩んでいる。

パフェの悩みの種にならないために、死を選んだ方がいいのではないか。

そんなことを本気で考える。

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by ren_with_parfait | 2017-04-07 21:30 | 暗い日記 | Comments(0)

思考

(※書いて即、黒歴史と化した恥ずかしい文章です。腹筋崩壊専用の恥ずかしい文章のためスルーを推奨します)

大丈夫だろうか
心配だ

あの時の友は
あの時の人は

今ここに生きて
笑えているのか

私の心はすでに壊れた
壊れてもまだ進んでいくけど

とうの昔に壊れたことは
誰もに起こることであるなら

今この時に平穏に
ただ貧しきだけを嘆いてる

私よりも幸せだろうか
毎日を愛せているのだろうか

私の悩みなどとるにたらない
数日明ければ笑顔で歩く

しかしそれで済まないことが
じつに誰もがあるというなら

ただ私だけのためにある
私自身のことなんて
なくてもあっても変わりはしない

大丈夫だろうか
心配だ

無力は人のためにあるのに
なぜ自分のための力をほしがる

こうしていても悲劇は変わらず
同情なんかじゃ慰められない

自分のための力はいらない
もう使い果たした生き方じゃないか

賢さはなんのためにあるのか
キレイゴトのためになどない

だからといって
神に全てをゆだねられない

その神の名で
何をするのか知れないのだから

私の悩みも哲学も
何ら栄光には寄与せぬだろう

ただ私だけが幸せはなく
ただだが為に生きるなどできず

偽善が妥協で平凡へと流れる中

せめてもの正義がどこで歪んで
膨らんでいるのか

私の願いはただ過去の友や未来の友が
人や親や愛犬が

幸せに生き満たされて終えることに

そこに哲学はいらない
されど誰にも任せられないのが
私自身の彼ら彼女らへの

本心からくる愛情だろう

私は愛されて生きた
いつ果ててもよいところまで
あともう少し

自分のための野望はいらない
そこに目線を落とした途端
笑う悪魔は過去の自分だ
踏みにじるだけのこれまでの私

私からしか始まらぬ
私自身の何かへの働きがあるならば
賢くなくてどうしよう、賢いだけでどうしよう
力がなくてどうしよう、力のだけでどうしよう

やはり神が人間を創るか
それだけは
聖書を読んでもわからない
信じてはじめて答えになるけど

神が万能でも人が万能でないならば
信じるものは自分の中に

されど自惚れも独りよがりも
人は本性として持っている
欺きも蔑みも憎しみすらもが
どんな人にも存在していて
それがみんなを壊してしまう

けれど宗教では救えない
哲学はすでに掘りつくされて
科学は幸せのためにはないはず
宗教では救えない
それは人の集まりでしかないから

どんな人でも神をみて
その違いを見ているというのに
その世界を知ったという人に
本当に信じられる人などいないのは

なぜだ

答えは出ない
私たちは人であるのだから
人らしくあり
心をおとしめさせないために
出来ることはなんだろう

宗教でなく哲学でなく個人でなく
科学に酔わず神秘に惑わされずに

そのどれもを無くして選べるものなど
人にはあっても共有できない

だからあらゆるとこで人は話す
人の道を先生が
法律の意味を弁護士が
信ずる理由を牧師やお坊さんたちが

犬はただ尽くし猫はただ尽くされる

それぞれ必要なものが揃いすぎて危うい
こんな世界でスタートした子供たちが
どこにいくのかわからない

歴史は揺れる
どこにでもいける
だが答えはわからない
その時にならないと
その時がやってこないと

人の道を壊す思想が
あらゆるところで楽園を作る
古い正義を全て凌駕したトランスで
アンチテーゼなど名乗らずに

人の道はどれほど変わったのか
なんのために賢くなるのか
なんのために力があるのか

基本的な構造は変わらないと誰かが言う

千差万別に効く教育も
千差万別に効く弁護もこの世にはない

そこに天才がいるだけ
天才たちの意味とは
彼らが成し得る繁栄とは
その影響とは

凡人の私はただ願う
どうか私のためだけではなく
あらゆる人のために
天才が、君主が、または神々が
これ以上人の心を壊さぬようにと
人の体を打ちつけぬようにと

医者もまた人で
神もまた神概念で語り尽くされている
世に千年続く王はないのに
この世は野望で満ちあふれている

ならば私が凡人として
後から来るものに教えられることは
今苦しむ人を差し置いて
こうして思考に溺れるその中で何を
見出しそれを話せばいいのか

彼ら彼女ら少年は
今この時代の中で様々な栄光へと向かう
その裏に様々な神を見る宣教師は何を言う
彼ら彼女らは
決してそんな言葉に納得しない
彼らが見ているのはずっと先
大人たちが死んで自分たちが大人になる
ずっと先のことだ

この凡人に賢さよあれ
せめての力と言葉よ宿れ
音と物語に生きると幻覚に言われ
その正体を知る日が来たのか
少しずつ心の内側は解けていく

まだ若い
急げ後悔せぬために
せめてもの責任と感謝の気持ちを
誰かに向けて話せるのならば

愛せるようにただたった今を

いつまでも
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by ren_with_parfait | 2017-03-08 20:10 | ぶつくさ | Comments(0)

フラッシュバック

真っ先に誰かに相談して、
解決するべきだったことなのに。

こんな時のための診察に、
行かずに昏睡しながら、
夢と現実が意識の中でゴチャゴチャに。

言葉にして拾い上げることも、
何だか出来そうにない。

救難信号を出すほどまでじゃないけれど、
家から一歩も出る勇気がない。

そんな時に考えなきゃいけないことは、
生存する術なんだろうけど、
そんな根源的なことを気にするのも辛く、

フラッシュバックした20代の頃の夢を、
どう心の中に納めればいいのか、考えて、
頼れそうな友達を思い浮かべて、
その人が言ってくれた親切な助言から、
何とか自分のりんかくをハッキリさせようとする。

今そういうことを考える段階じゃない、
とか、全然違う誰かに友達が向けた助言を自分にあてはめたりする。

自分が誰かも見失う。
そんなもの特にないんだけれど、自分は何をしようとしていて、
何を考えて生きているのか、どこへ向かいたいのか、

何が出来て何が出来ないのか、
書き始めたこの記事を畳んで、家族の助けを待つことは、
出来る気がする。でも、一人で生きていかなきゃいけない。

自分のことは自分で片づけないといけない。

友達に相談したら、どんな反応があるんだろう、
と考える、思っていることを話せるだろうか、
話した上で、友達でいてくれるのだろうか。

これでも精一杯、いいように見せようとしている自分と、
実際に毎日のように現れる、誰にも見せられない自分、
その差が大きくて、その差を縮めるために、こんなことを書いてる。

病気がとてもひどい時の自分なら、
取り乱し家でじっとしていることも出来ないだろう。

だから「ずいぶん回復したと思いますよ」という言葉は、
ある程度、自分が頑張った末に勝ったんだ、という気がして、自信に繋がった。

何もしなかったわけじゃない、
これでも、病との闘いに勝った面はあるんだ、
そういう自信はあったのだけれど……。

今、フラッシュバックした20代の頃の夢が、
あの時より近いのか、あの時よりずっと遠いのか、
胸の中で片づけてしまっていいことなのか、
ひとまず片づけないと何も見えない、どうしたら、と。

灯油の巡回販売に、ふと意識が奪われて、
何かが重症になっているな、何かが間違っているな、と、
考えるけれど、考えが一周回っても、
自己理解が出来た気がしないものだから、すっかり困ってしまう。

パフェが石油の巡回販売と闘う体制に入る。
そこに居留守を使う以上のことが自分に出来るのか。

皆が、立ち向かっている当たり前の日常、
当たり前の毎日、それに立ち向かうことが出来なくて、
責任を半ば放棄して、気が済むようにしてきた毎日、
それでも頑張ってきた……、
「自分に出来ることをしていない……」
っていつも思っていたし、今も思っているけれど……。

ひとりで部屋でじっとして、
時々入る友達からの連絡や、
友達と会ったりすることで、呼吸をして、
それぞれの人に慣れて、それぞれの人と関わって、
お金を使って、気を揉んで、上がったり下がったり、
その繰り返しで、それが無くては生きていけない……。

それで生きてこられた、でも失くすのは簡単だと思う。

心の病に流行り病みたいなのがもしもあるなら、
今それにかかっている、こじらせているという感じがする。

当たり前の自分がどうにも受け入れられない、
受け入れられないからやっていけている。
これが自分だ、と思うしかないことでも、
いや、これから自分はもっと変われるんだ、と思うことで何とか自尊心を保っている。

誰かが自分の生活を覗いたら……一瞬で嫌われる自信がある、
誰かが自分の心を見ることが出来たら……一瞬で嫌われる自信がある。

そんな自分で居たくない、ただそれだけなのかもしれない。

この歪で困りものの自分と死ぬまで付き合うのは、自分自身で。
そんな自分の気持ち暴走するのを、ただ眺めて気を揉むのは、一番は自分自身で。

ここで吐き出せて少し気が楽になった……。

こんなことで人を振り回す自分はイヤだけれど、
家族だから振り回していいとはもう思えないし……、
自分自身が救われるために、誰かの力になろうとするような、
今までの歪んだ考えの延長では、どうすることも出来ないと思う。

だから、いったん、
このフラッシュバックは、大切にとっておいて、よく考えてみよう。

これまでの生き方で得たものから、
少し違う生き方を獲得しようとするのは、
誰もがやっていることだと思うのだけれど……、

これまでの生き方があまりにも頼りないのは、
自分の責任だし、自分に責任をとることでしか、
変わることはできない。

外と関わり合いながら、そうか、
闘病が次の段階に来ているのかもしれないな、
社会に果たして受け入れられるか、

それと全く離れたところでの努力にならないか。

一つ解決したら、そこで手を離してくれないのは、
みんな抱えている人生への悩みだろうから……。

今日に困り果てながらも、明日に繋げていけますように。

ぐみぐみ。

P.S.
衝動的に自殺してしまいそうなパニックに襲われている。
いつ、どこの、どの時点からやり直せばいいのだろう。
誰かに頼られるのがダメなのか、それだけで気が変になるのか、
人の相談を受けたのが、単に慣れない事だったのか、
名前がダブるってだけで、何かかけ間違えをしているのか、
死にそうでぶっ倒れている時に、119番に電話して「死にそうです」
っていうはずを110番に電話して「人を殺しました」と言ってそのまま捕まるかのような、
意味が分からない恐怖に怯えている。
何がいけなかったのかサッパリ分からない、ただ、水曜、ある人の相談に乗った、
そこからどんどん気が狂っていったのは何が原因だか本当に分からない。
全力で20代の頃の夢に逆らうような体調の崩し方。
自分ひとりの感情もコントロール出来ないのに、どうしてそういう人の助けになれよう。
何にも自分が見えていないんじゃないか、残念だけど、
本当にもう生きていく可能性は残されていないんじゃないかと考える。

ダメだ、家族が帰ってくるまで、じっとしていられない。
恐怖と不安が暴走して、突発的に舌をかみちぎってしまいそうだ。

どこにも助けが見つからなくなった時、それが人生の終わりなのかな。

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by ren_with_parfait | 2017-01-28 17:21 | 暗い日記 | Comments(2)