ゴチャゴチャブツブツ

頭はちきれそう
わからない
ただ怯えているだけなのに
なんでこんなにも
己を醜悪であると考えて
私がいることそのものが
悪い引きがねであるように
考えてしまうのだろう

とてもこわくて

一昨日、何もかもが嫌になって
昼間から寝て、昨日の昼間
そしてまた今日の昼間にまたいで

48時間の睡眠

頭の中かえってごちゃごちゃになるし
帳じりが合わなくて
昔の戻りたくない時間に縋りそうで
こわい

幻聴とかも、悪化する
なぜって寝すぎた罪悪感もあるし
どーでもいいところに思考を止めた時の私はピンを留めてしまうから
寝すぎるのはひたすら世の中への認知が狂っていくことで
強いて言えば死なない自殺のようなもの
当然悪夢のわりあいの方が凄く多いし
起きた後の悪夢はもっとひどい
罪悪感が何より強いし、夢のことを忘れきれないところまで寝てしまうし、そもそも夢の中身が丸っきり正確じゃないというか、もう意味のわからない、理屈とか筋書きとか善悪とか何もかもムチャクチャな状態になるから、起きた後もうっすら、そのムチャクチャな夢と現実の整合性を保とうとして、もっとグチャグチャになる
そして夢の世界では整合性がなくても許されるところがあるし、現実の人々は、何ひとつこの過眠が不健康であることを労ってなどくれないから、余計嫌になって、もういっそ整合性を捨てようかなどと思う

けどダメダメ。
繰り返しても、単にグチャグチャになり続けて、誰ひとりと自分に近寄る人がいなくなって、それを開き直ってしまうだけだし、夢に逃げて、現実に起こされ、夢に逃げて、これを繰り返していることって、自分でもわかんないように、周りもよくわかんないけど、「あぁ、いつものね」とか言ったり、「生活リズムをちゃんとしな」とか言ったり、「怠けてる」とか終いになって言ってきたりするだけだから、これには帰らないし、この気持ちを思い出したことを、後で理性的に、学問領域から自己分析する他ないし、それ以上に今の状態から整合性なんて求められない、ほんと、自分がわからないとき、なんともスッキリしないとき、「わかるまでスッキリしないでいよう」っていう変なこだわりは「スッキリしないことをスッキリさせることの中毒」みたいなもので、キリのない遠回りだったり、効率悪くて時間の足らないことだったりする。

ひとまず大学の授業に追いつかないと話しにならない。アクセル踏み直して、もう一度、この精神状態がなんとも非効率で、考えても考えても、「自分流でわかった」気になることに拘ってもどうしようもないこと。

非常につまらない、どうでもいいことに拘っている自分に、喝を入れてやっていかないと。

一昨日、とても精神状態が悪かったのは、ちょっと無茶をしたのと、季節が変わったことと、何だか、自分でも危ないなってのに気がついていなかったことに理由があると思う。
強いて何かを見つけられたとしたら、躁状態からうつ状態に落ちたってことなんだろうけど、それ以上の解釈をしようと欲張る時間で、何か出来ないの?と。

これは、ゴチャゴチャ頭で考え、心がスッキリしないのを、言葉に出して整理しているだけだからいいのだけれど、つまりは、悪い状態だったのが、違う悪い状態にすり替わった感じだし、心が求めているフラットな感じは、少なくとも過度な睡眠でこんがらがるところにないし、そこを通ろうとしても決定的にどうしようもない。
ただ、躁状態だったのだとしたら、ちょっと考えないとマズイのと、本当に具合崩すことはまだあるのだと気がついたのなら、よくよく病気との付き合い方は考えないといけないと思う。

単純にいうと、躁状態、テンション上がり気味の時は、病状すら気持ちいいから、周りを不愉快にさせても、俺本人は気持ちいいけど、結局、鬱に落ちた時、周りが冷たかったりするのは、何か躁の時に見誤っている可能性がある。

躁状態の自分をこそ、人が認めてくれている。みたいな感覚が躁状態の時にあるし、鬱になり悪い自分が帰ってきたから、人が離れる、というのではなくて、実は離れるタイミングを前から考えていたのかもしれない。躁状態の時は相手を不快にさせても、自分はある程度気持ちいいから、そんな自分に周りは「どうにもならねぇ」と感じているかもしれないし、鬱に落ちた時に、鬱の私こそ、私らしいとも人は思わないのなら、躁の時に言うだけ言ったことを、貫けるかどうか、ということも、人は想っているのかもしれない。なんにせよ、テンションがぶれすぎのは、人格を疑われるし、落ちきったところで塞ぎこむのも、人格を疑われる。私自身、人格障害的問題はやはり持っているようにも思うので、あまり変なところを拗らせないように、カウンセラーさんや先生とよく相談して、問題を取り除く作業を手伝ってもらう必要がある。本当にひどい躁うつ病の人の苦しみはこんなものじゃないと思うけど、色々ネジれて問題があることは確かだから、専門家の人と相談しながら、どうしたら健康的に生きられるかを考えていく必要がある。とか、言ってるのも躁状態なのかなぁ、とか考えると、ガクーンと落ちるのがまた恐い。どれくらいのテンションが自分らしいか、そもそもテンションが安定しないのが自分らしさなのか、とか考えていくとややこしいが、自分らしさは意識して変えていき、身につけないと、何も変わらない一方で、これは病的、という繰り返えされる自分でもどうしようも出来ないものは、よく相談していく必要がある。怠けていいわけでもないし、はしゃいだり調子に乗って済む問題でもない。

ゴチャゴチャしました。
まぐまぐ。
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by ren_with_parfait | 2015-05-12 17:52 | ぶつくさ | Comments(0)