計画性を模索する

 とっ散らかっている。
 少し、計画的に考えられないか、やってみる。
 何か、何のときだか忘れたが、ふと
 「自分は完全に欲張っている、今、この瞬間にも、やれることをやれないことに変えている。」と思いついた、それに対する言い訳は、いつもカラカラと虚しく響く。

 「今までやりたかったことは、全部やっておいて意味のあることだった、私は、自分が何をすればいいか解っている」などと。

 どちらもまだ理解に遠い気がする。
 「やれないことに変えている」と考えている時に、大切なものを失う予兆が来ているのに、後になってから「全部やっておいて意味のあることだった」と気持ちを落ち着かせるのは何だろう。

 先ず、「過去、やれなかったように、今も、やらないで済ましてしまっていることがある。過去にやらず、今もやらないこと、どうでもよくしてしまっていること、もしくは、今、はじめて、やらないで済ますようになってしまったこと」があるとかそんなことはどうでもいい。

 「過去、やらなかったのは何でだ?」というと「やるのがとても辛かった」とか、何か、釈然としなくて「やらなかった」とにかく、やらなかった。やれないと分かって手をつけているかというと、浮ついた気持ちで、やれる、やり続けられると考えていたり、やり続けるための工夫をしたもので、続いたこともあるけれど、それすらもどうでもよくしてしまっている自分が居る、ということだ。

 つまりは、どうでもよくしてしまっているのは、どうして。
 MicrosoftのIMEに思考の先を予測されたのはシャクだけど、それもどうでもいい。

 で、こういうのは昔散々考えて、答えが出ないことだから、ちょっと考えをそらせる、「やることが辛い」とか「理屈の上でやらんといけないことが、やれん」というのは、何だか受け継いでいるものらしく、最後の最後まで自己解釈に悩むところだろうから、そこにいくら言い訳を探そうとしても、キリがないのだ。

 先ず、負債、と、やっていきたいことを、ザーッと優先順位をつけて列挙しよう。

 ①放送大学
  ・職業選択の幅を広くする意味でも、可能性を広げる意味でも「何となく」ではあるが、やっておいて損はなさそうなこと。
  ・年齢的にもはやく始めたほうがよいし、後悔を残さないためにも、諦めずにまずは一単位、修得したい。
  ・私をよく知っている人にとっては、これは、「やっとはじめてくれたか」と期待して見ててくれれていることだと思う
  ・心理学を学ぶことは人格的成熟にも繋がるし、私が、勉強をして歩むことが、向いている人か、そうでないやり方で人生を歩む方が症に合う人か、という、根本的なところを判断するのにも役立つ
  ・加えるなら、私に心理臨床を行う人たちが、これにもう2年半くらいの付き合いになる治療者の方が、決して反対していないことなので、これに対してはグイグイとアクセルを踏んでいったほうが、よいことなのだと思っている。

 ②作業所
  ・これも時間をかけて、たどり着いた答。ふつうの人には分かりかねるところかもしれないが、失敗に失敗を重ねるよりも、作業所から徐々に段階を踏んでいく方がいい。これは決して一般就労への可能性を閉ざすのでも、精神科医療、またその援助組織を知ることへの下心でもない。脇道ではなく、ここから入っていくのが本筋であると、時間をかけて納得したところ。

 ①の放送大学と、②の作業所の安定がなくては、それ以上のことを抱えこもうとしてもそれは虚言でしかない。まずこれが安定している状態で、それ以外のことにどう誠意を込めるかということになるだろう。

 ③音楽
  ・あとはここでしっかりピンを留める。楽器を練習するのは約束をしてしまったこともあるが、繰り返し、繰り返し、自分の周りに居る人は音楽をやりたい人が多いなぁ、ということ、そこで役割を見出したいと考えてきたのはある。音楽を粘り強く続けていく、1日1時間でもいい、これは、15歳の頃からの自分への負債を返していくことにもなる。

 他にも色々と抱えこんでしまっているが、放送大学、作業所、音楽、まずはこの3点について安定成長させるためにアクセルを踏んでいく。

 生きていくにはまだまだ必要なことが沢山あるのだけれど、ここを何とかすれば、最低限他は何とか回ってくれるような気がする。
 ここから先はどんどん細かなスパイラルに入っていくだけだ。
 細く小さなこと全てを仰々しく義務で、私のしなきゃいけないことだと、列挙する必要はない、私は今、ある程度、昔の悪い癖が出てしまっているが、日記を書いたり、振り返ったり、時々考えたりしながら、そこらへんは調整すればよくて、まずは悪いスパイラルをいったん切る。

 放送大学、作業所、音楽、3点とは欲張り気味ではあるが、これは外せないことだから、何より作業所に優先順位を高くあて、どのように働きメシを食っていきたいか、というところには意識をしっかりあてる必要があると思う。考えすぎると疲れるけど外しちゃいけない。
 放送大学と音楽は、言う人から言わしてもらえば何でそれが今必要?てなことで「とにかく働くこと考えれば? いい歳しておかしいよ」と言うような人は、私と関わっていけない人だ。互いに都合の合わない人。

 私にとっても、相手にとっても、都合をおかまいなしに、この人好きだな、と思ってくれた人や、色んな立場から、私を見続けてくれてきた人たち、こういった人たちに恩返ししたいという気持ちや、頼れる仲間になりたいという気持ちや、これまでの関係性を無駄にしたくない、裏切りたくないという気持ちから、放送大学や音楽という選択肢を選んだ。

 なんか、余計に変なスパイラルに入り込んでいる気がするけど、色んな気持ちがあって、落ち着くところが今はここなんです。ふぅ、生活に戻ろう。何かに没頭している時は、同時に何かを多く見失っているんだと思う。過眠を無駄にしないために、存分に考えてみたけど、驕らず見失わずにやっていきたい。

 いろいろ間違っているんだろうな……きっと。
 後で読み返して恥じよう。
 とりあえず分かったことは、過眠に入って古い思考ルーチンが呼び起こされて、危なっかしくはあるが、古い思考ルーチンに対してストップをかけて、ピン留めをしたはず。

 ……危なっかしいな。


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by ren_with_parfait | 2015-05-12 21:17 | ぶつくさ | Comments(0)