善悪

「性善説」

人ならは
良かれとすれば
嬉しくて

人ならば
愛した人を
抱きしめる

人ならば
我が子のことを
大事にし

人ならば
罪を犯せば
懺悔する

また人ならば
神知らずとも祈りをし
友が死ならば涙する

人の視線を
気にしては
好かれるように
努力する

進んで悪にはなりはせず
道踏み外せば
悔いて泣く
ごめんなさいと
自分を責める
あふれるがまま

だけれどこれって誰のため?
性善説は誰のため?
痛みが身体を巡るとき
心に暗闇出来るとき
人は自分の悪を知る

それは結局誰のため?

「性悪説」

人ならば
好かれとするは
実はエゴ

人ならば
愛することは
欲しいから

人ならば
我が子のために
尽くせども

人ならば
罰に耐えれず
恋を往く

また人ならば
神を知れども祈るのは
他人のためと敵のため

人の視線を気にせずに
我の正義を貫いて
悲しまぬよう
慈しむ

進んで行う善ならば
弱さ悪さの裏返し
偽善とは
心で泣いたを指しており
己の咎を
知ることぞ

だけどこれって我のため?
性悪説は悪の道?
己可愛がる心失くして
どうして他人を愛せよう
性悪説にも幸はある

悪こそ即ち道しるべ

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by ren_with_parfait | 2018-03-19 21:44 | 二部構成の詩 | Comments(0)